遺伝編集によって鳥インフルエンザがターゲットを見失う
新型コロナウイルスが毎日のようにニュースになっていたころ「ウイルスは私たちの細胞の機能を乗っ取って自己増殖する」というセリフを何度か聞いたことがあるかと思います。
ウイルスはタンパク質の殻の中に遺伝情報が詰まっているだけの簡素な構造をしており、生命活動は行っておらず、単独では自己複製すら行うことができません。
代わりにウイルスの遺伝情報には、生命の細胞機能を乗っ取るための攻略情報と必要なツールの設計図が記載されています。
鳥インフルエンザウイルスの場合も同様であり、これまで確認された全ての鳥インフルエンザウイルスは、細胞内に存在するタンパク質「ANP32A」の機能を乗っ取って自己複製を行わせることが知られています。
このタンパク質「ANP32A」は「生命の設計図であるDNA」から「設計図の部分写しであるmRNA」を作る機能を担っています。
建設会社に例えるならば、設計図を管理する部署の管理者に相当する存在でしょう。
鳥インフルエンザウイルスはそんな「ANP32A」の機能を乗っ取ることで、細胞のためのmRNAではなくウイルスの遺伝子を元にウイルスのためのmRNAを作らせ、新たなウイルス粒子を生産させます。
再び建設会社で例えるならば、ウイルスは設計図の管理者を操作して、ウイルス部品の設計図を細胞内の工場に配ってしまっている状態だと言えるでしょう。
現場は送られてくる部品の設計図(mRNA)を信じて作業を進めますが、出来上がるのは注文通りの建物ではなく、自分たちを殺すウイルス軍団となるわけです。
そこで研究者たちは「ANP32A」の遺伝子の一部を書き換えて形を変えてしまい、ウイルスが「ANP32A」の機能を乗っ取るのを、邪魔することにしました。
設計図の管理者の顔を変形させ、ウイルスがターゲットとして認識できないようにしてしまうのです。
研究者たちはこの操作をニワトリたちの生殖細胞に対して行い、次世代で遺伝編集されたニワトリたちが生まれると、鼻の部分に自然環境での曝露を模倣した量の鳥インフルエンザウイルスを注入しました。
(※実験で使用された鳥インフルエンザウイルスはH9N2と呼ばれる弱毒性のものです)
すると遺伝子編集を行わなかったニワトリたちは10羽中10羽が感染した一方、遺伝編集を行ったニワトリで感染したのは10羽中1羽だけでした。
また遺伝編集しなかったニワトリたちは他の鳥に伝染を引き起こしましたが、遺伝編集したニワトリは感染しても、他の鳥に伝染することはありませんでした。
この結果は、遺伝編集によってニワトリたちに、鳥インフルエンザウイルスに対する大きな耐性を与えられたことを示します。
特に「感染しても伝染しない」という結果は極めて重要であり、鳥インフルエンザウイルスの流行をブロックできることを示しています。
ただ耐性は完璧ではなく、自然な曝露量の1000倍に相当する大量のウイルスを使った感染実験では、遺伝編集されたニワトリでも10羽中5羽で感染が起こりました。
ただ解剖して気道に存在するウイルス数を測定したところ、遺伝編集されていないニワトリに比べて大幅に低い値となり、伝染する可能性も遥かに低くなっていました。
研究者たちは遺伝編集の感染防止効果が100%ではないことを認めていますが、流行拡大を抑止する有力な方法になると結論しています。
というのも、遺伝編集効果は世代を超えて引き継がれるため、次世代以降は全て生まれつき鳥インフルエンザに耐性を持つ個体になるからです。
毎年のように生まれてくる230億羽全てにワクチンを打つことは不可能に近いですが、遺伝編集を使った耐性獲得ならば、従来通りの飼育を続けるだけで大きな効果が得られます。
遺伝編集されたニワトリたちの健康状態に問題がみられない点も重要です。
ただ今回の研究では成果と同レベルの、無視できない危険な事実も判明しました。