ニワトリの遺伝編集がウイルスの進化を促してしまった
ウイルスの持つ非常に厄介な能力の1つに、進化の速さが挙げられます。
ウイルス感染を100%ブロックできるならば、ウイルスは全て死滅し「進化」を起こす余地はありません。
しかし今回の研究では、自然環境を模倣した曝露量では遺伝編集したニワトリでも10羽中1羽が感染し、1000倍の濃度の曝露では10羽中5羽の感染が起こりました。
体内のウイルスレベルは低く他のニワトリへの伝染は起こりにくくなっていますが、ウイルスは死滅しない限り、進化を続けることが可能です。
そこで研究者たちは遺伝編集しにもかかわらず感染したニワトリの体内で、ウイルスにどんな変化が起こっているかを調べてみました。
すると驚くべきことに既にウイルスは進化を起こしており、自己複製のために乗っ取るタンパク質の多様化を起こしていました。
進化する前のウイルスは元々の「ANP32A」を乗っ取りのターゲットとしており、「ANP32A」を遺伝編集すると、ターゲットを見失ってしまい、増殖できなくなります。
しかし遺伝編集されたニワトリの体内で増殖したウイルスを調べたところ、編集後の「ANP32A」だけでなく類似のタンパク質「ANP32B」や「ANP32E」も乗っ取りのターゲットとして利用できるように進化していたのです。
つまり鳥インフルエンザウイルスの細胞機能の乗っ取り経路を1つ潰したところ、進化によって新たに2通りの乗っ取り経路が開拓されてしまったのです。
この結果は、遺伝編集は耐性を高める効果があるものの、副作用としてウイルスの進化を加速させかねないことを示しています。
そのため研究者たちは、遺伝編集でウイルスに対抗するには1つではなく、同時に複数の遺伝子を書き換える必要があると述べています。
実際研究で「ANP32A」「ANP32B」「ANP32E」の全ての遺伝子を欠損させたニワトリ細胞に対して感染実験を行ったところ、ウイルスの複製が完全にブロックされていることが示されています。
複製が100%阻止できるのならば、ウイルスの進化も起こりません。
そのため研究者たちは現在、3つの遺伝子の全てに編集を行った新たなニワトリの作成に取り組んでいます。
しかし複数の遺伝子に編集を加えたニワトリの肉や卵を食べても、人間に影響はないのでしょうか?
私たちが買い物を行うスーパーで売られている、大豆を使用した製品ではしばしば「この商品は遺伝子組み換え大豆を使っていません」という表示がみられます。
この表記は遺伝子組み換え食品表示制度があるために行われています。
しかし表記を信じている人々にとっては悲しいことですが、日本は世界でもかなり上位の、遺伝子組み換え作物の輸入国となっています。
輸入量全体に対してトウモロコシでは91%、大豆でも94%が、油用のナタネも91%が組み換え品であり、多くが人間用の食品材料として使用されています。
もちろん、それで遺伝編集したニワトリの安全性を保障できるわけではありません。
ただ現在も鳥インフルエンザによる大規模な殺処分の影響で、卵の供給不足や値段高騰が起きています。卵の値段が1パック100円のように安くなるならば、多くの人々にとって大きな利益となるでしょう。