ガストロフィジックスは「ポテトチップス」から始まった
彼らは巷で主張されてきた食感における咀嚼音の影響に疑問を持ち、実際に実験を行いました。
参加者は小さな防音ブースに入り、ヘッドフォンを付けた状態で、ポテトチップスを前歯で噛み、食感(サクサク感と新鮮さ)の評価を行っています。
参加者は咀嚼音を直接聞くのではなく、ヘッドフォンから参加者の咀嚼音を間接的にマイクで拾った音を聞いています。
その際、実験者はヘッドフォンで流れる音声の高周波数領域と全域を操作し、高周波数成分(ポテトチップスを噛んだときの「パリッ」)や音量を増強したりしています。
つまり毎回食べているポテトチップスは同じですが、咀嚼音だけが変わっています。
高周波成分が増強された音は噛んだ時の「パリッ」という音がより強調され、減衰された音は「パリッ」という音が抑制された音になります。
実験の結果、音量がある程度大きい場合は、音は噛んだ時の「パリッ」という音がより強調されほうがポテトチップスの食感がより新鮮だったと感じていました。
また参加者は音が異なるときに同じポテトチップスを食べていることに気付いていなかったのです。
この結果はポテトチップス自体は変わっていないのにもかかわらず、咀嚼音を変えるだけで、食感がよりサクサクで、新鮮だと感じる錯覚が生じたことを意味します。
この現象は後続の研究でも再現されており、リンゴをかじる時の音を操作することで、新鮮さと噛み応えの評価を変えることに成功しています。
ではこの咀嚼音が食感を変える現象にはどのような応用価値があるのでしょうか。
それは柔らかくて食べ応えがない介護食を食べる際に咀嚼音を変え、食感を増し、食事に対する満足感を高める方法が考えられます。
実際に産業技術総合研究所の遠藤洋史氏らの研究では、介護食を食べている参加者に、咀嚼時に動く咬筋の筋電波形を音に変えたうえでフィードバックを与え、食感と満足度が変わるかを検討しました。
結果、音声フィードバックにより咀嚼音を増強された人は、介護食の噛み応えがより感じ、口に運ぶ量が増え、食事に対する満足度が高まったのです。
この結果は、咀嚼音が食感を変える現象がポテトチップスの「サクサク感」を高めるだけでなく、介護食の満足度を向上させるなどの可能性を秘めていることを示唆しています。
湿気ってしまってチップを食べるときも、パリッとしたいい音の動画を探して聞きながら食べたら美味しさを改善できるでしょう。
もしかすると、ダイエット中の食事で咀嚼音を増強することで少ない食事量で満足することができるかもしれません。