謎めいた「うつ遺伝」のメカニズム
うつ病の発症原因には「体質」と「環境」の2つの因子があり、同じ環境にあっても、うつ病になりやすい人となりにくい人がいます。
そういう人は体質が原因です。
この「うつ病になりやすい体質」は親から子に遺伝することが分かっており、その遺伝率は30〜50%といわれています。
これは高血圧や糖尿病の遺伝率と同程度です。
一方で、うつ病の遺伝については、通常の遺伝(いわゆるメンデルの法則)で知られている、両親から子への先天的な染色体の伝搬では説明できず、うつ遺伝の仕組みはまったくの謎でした。
これまでの研究でも、うつ病の発症に関連する有効な遺伝子はひとつも見つかっていません。
うつ病に関連する原因遺伝子をついに発見!
そんな中、同チームは2020年の研究で、うつ病の発症に関連する原因遺伝子をついに発見しました。
しかもその遺伝子は、ヒトと共生するウイルスである「ヒトヘルペスウイルス6(Human herpesvirus 6:HHV-6)」の中にあったのです。
HHV-6は生後4週間以内の新生児期に主に母親から感染し、初感染時には突発性発疹を起こし、ほぼ100%のヒトのうちに潜伏感染しています。
感染したHHV-6は唾液中に含まれる他、鼻から脳の一部である「嗅球」にも移動して、一生涯にわたり持続的に潜伏するという。
そしてチームはHHV-6が生産するタンパク質を特定し、この名前を「SITH-1」と名づけ、これを作り出す遺伝子を「SITH-1遺伝子」と命名しました。
SITH-1の働きを調べたところ、細胞内へのカルシウム流入を促し、細胞の自然死であるアポトーシスを誘導することが判明しています。
さらにマウスの嗅球でSITH-1を発現させた結果、アポトーシスが生じることで脳のストレスが急増し、うつ症状を引き起こすことが分かったのです。
そこでチームは、SITH-1がヒトのうつ病にも関係しているかどうかを明らかにすべく、健常人とうつ患者を比較。
すると、うつ患者では健常人に比べて、SITH-1の発現量が非常に多いことが判明したのです。
このことから、ウイルスが発現するSITH-1遺伝子がうつ病の発症原因のひとつとなることが分かりました。
ちなみに、SITH-1という名前は「ヒトの精神をダークサイドに落とす」という意味合いから、映画『スター・ウォーズ』に登場する「シスの暗黒卿」から命名されたそうです。
では、HHV-6はほぼ全ての人に感染しているのに、うつ病を発症しやすい人と発症しにくい人がいるのはなぜなのでしょう?
チームは今回の研究で、その謎を明らかにしました。