怪物ブラックホールの正体は「クエーサー」
この怪物ブラックホールは「J0529-4351」として約40年近く前の観測で、すでに発見されていました。
しかしあまりに明るい天体であったため、これは地球に近い恒星であろうと誤認されていたのです。
2022年6月、欧州宇宙機関(ESA)の位置天文衛星ガイアによるサーベイ(掃天観測:広域の空を撮影して大量の天体のカタログを作るプロジェクト)にもこの天体は当然映っていました。
このガイアの掃天観測データでは、何十億個もの天体から機械学習を用いた自動分析によってクエーサーを選り分ける作業が行われていますが、この自動分析でもAIは「J0529-4351」をクエーサーの候補からは除外していました。
つまりAIもクエーサーにしては明るすぎるので、「J0529-4351」を地球に近い恒星であると判断していたのです。
こうして40年近くただの恒星だと思われていた「J0529-4351」でしたが、2023年にこの領域を詳しく観測した、オーストラリアのサイディング スプリング天文台の調査によって、これがクエーサーなのではないかということが明らかになったのです。
そこで今回の研究チームはチリ北部のアタカマ砂漠地域にある超大型望遠鏡(VLT)の X シューター分光器を使って、「J0529-4351」の詳細な調査を行いました。
その結果、この天体が地球から約120億光年という途方もない距離にある非常に明るいクエーサー(Quasar)であることが判明したのです。
これは宇宙が誕生してまだ15億年程しか経っていない時代のものであることを意味します。
クエーサーとは、宇宙で最も明るい天体のひとつであり、その正体は銀河の中心部にある超大質量ブラックホールです。
銀河中心の超大質量ブラックホールは宇宙空間のガスや塵を絶えまなく吸い込んでおり、それらはブラックホールの周囲に巨大な渦巻き状のディスクを形成します。
これを「降着円盤」といいます。
降着円盤では物質同士の摩擦によって膨大な熱エネルギーが発生しており、これが物質をプラズマ化させて、X線や可視光線、電波にいたる強烈な電磁波を放射します。
特にこの活動が活発になると、母体となる銀河そのものよりも銀河の中心核であるブラックホールの方が明るく輝くようになり、これを天文学では「活動銀河核(active galactic nucleus:AGN)」と呼びます。
この活動銀河核の中でも特に明るいものを、現在の天文学では「クエーサー」と呼んでいます。
ではこの「J0529-4351」が、これまでの観測でずっとクエーサーにしては明るすぎると除外され続けてしまったというのはどういうことなのでしょうか?
その理由が、「J0529-4351」の詳しい分析を進めた今回の研究で明らかとなりました。
「J0529-4351」はこれまでの人類の理解を超える規格外のとんでもないモンスターだったのです。