中世のハンセン病は「キタリス」から伝染した?
中世の時代、ハンセン病はイングランドを含む欧州で広く流行していたことが知られています。
当時、どのような経路で「らい菌」が人々に感染したのかは現在と同様にわかっていません。
しかし2016年に大変興味深い報告がなされました。
イギリスやアイルランドに現生するキタリス(学名:Sciurus vulgaris)から「らい菌」が検出されたのです。
今日、野生のキタリスと人々の関係は薄くなっていますが、中世イングランドではキタリスをペットとして飼ったり、毛皮の取り引きが盛んだったりと、キタリスとの結びつきが非常に強かったことがわかっています。
そこで研究チームは「中世イングランドのハンセン病はキタリスから伝染したのではないか」と仮説を立てて、調査を試みました。
チームは本調査でイングランド南部のウィンチェスター市の遺跡に焦点を当てました。
ここには11〜15世紀まで活動していた「ハンセン病療養所」の跡地と、そこから約3キロ西にキタリスの毛皮を取り扱っていたかつての皮屋が遺跡として残されています(下図を参照)。
チームは双方の遺跡にて、約600〜1000年前の人骨のサンプル25点とリスの骨のサンプル12点を集め、そこから検出される細菌の遺伝子を分析しました。
そして両者から採取された「らい菌」を比較した結果、ヒトとキタリスが遺伝的に同じ菌株を保有していたことが判明したのです。
これを受けて、バーゼル大学の古遺伝学者であるヴェレーナ・シューネマン(Verena Schünemann)氏は「この遺伝的な類似性はおそらく、当時のらい菌がヒトとキタリスの間で感染していたことを示すものです」と話しています。
実際に、先ほども述べたように、中世イングランドでは人々とキタリスの距離が非常に近いものでした。
人々はキタリスの毛皮を使った衣服を身につけたり、また野生のキタリスを捕まえてペットとして飼うことが多かったのです。
こうした歴史的事実は当時のハンセン病の流行がキタリスからもたらされた可能性を示唆しています。
その一方でシューネマン氏は、今回の結果だけでは感染の実態をまだ明らかにできず、「キタリスがヒトに感染させた可能性もあるし、反対にヒトがキタリスに伝染させた可能性もゼロではない」と述べています。
それでもハンセン病の感染経路に「動物」が介在することはこれまであまり考えられていなかったため、本研究はハンセン病の感染プロセスを理解する上で貴重な成果です。
今日、ハンセン病は完治する病気となったものの、今でも南半球を中心に毎年20万人以上の新規患者が出ています。
中世イングランドでキタリスが感染源だった可能性があるように、今日のハンセン病も何らかの「動物」が宿主として隠れているのかもしれません。
動物が宿主なら、エキノコックスみたいに糞便による水源の汚染とかありそうですね。そうであれば感染者数は消毒された上水道の普及率と相関関係がありそう。