「種」としてのNo. 1と「個」としてのNo. 1は違う?
水中息止めのチャンピオンは海洋哺乳類の中にいます。
しかし、どの海洋哺乳類が最も長く息止めできるかに答えようとすると少し議論が錯綜してきます。
というのも、これまでの記録を見ると「種」としてのNo. 1と「個」としてのNo. 1は違うからです。
例えば、クジラ類の中でいうと、マッコウクジラは呼吸のために水面へ浮上する前に平均して約1時間半を水中で過ごすことができます。
クジラ類以外を見ると、ゾウアザラシが明らかに「種」としてのチャンピオンで、どの個体も最大2時間ほど水中に潜っていられます。
ところが「個」としての記録を見ると、ゾウアザラシを遥かに上回るデータがあります。
その大記録を打ち立てたのは「アカボウクジラ(学名:Ziphius cavirostris)」で、23頭を5年間追跡した調査の中で、ある個体が3時間42分も水中に留まり続けたのです。
私たちが知る限り、地球上で最も長く息を止めた動物はこのアカボウクジラの個体となるでしょう(Journal of Experimental Biology, 2020)。
とはいえ、この研究におけるアカボウクジラの平均的な潜水時間は59分でした。
また1時間17分を超える個体は全体の5%に過ぎなかったといいます。
そのため、種として考えるとアカボウクジラはゾウアザラシやマッコウクジラには劣るという結論になります。
それでも学術的に記録された中では「個」としてのNo. 1はアカボウクジラに軍配が上げられます。
どうして長く息を止められるのか?
クジラやゾウアザラシを含む海洋哺乳類がこれほど長く水中に留まれるのは、「ミオグロビン」というタンパク質に秘密があります。
ミオグロビンには酸素を貯蔵する機能があり、筋肉中に存在して細胞に酸素を供給してくれるのです。
ミオグロビンは人間にもありますが、その濃度はクジラやアザラシに比べると遥かに低くなっています。
人間も水に潜る機会は多いので、そんな便利な物質があるなら人体にもたくさんあっていいじゃないかと思ってしまいますが、通常ミオグロビンは濃度が高いと凝集して塊となり病気の原因になる恐れがあるのです。
では、なぜクジラやアザラシでは大丈夫なのでしょうか?
研究者によると、海洋哺乳類が持つミオグロビンはすべて「プラス」に帯電しているという。
つまり、どのミオグロビンも同じプラスの極を持っているので、互いに反発し合って凝集することがないのです。
それゆえにミオグロビンが塊となって体に害を与えることがないといいます。
それでは、今度は人間が息を止められる限界について見てみましょう。