中距離走のトレーニングやレースでは、ランナーの心臓には高い負荷が掛かる
中距離走のトレーニングやレースでは、ランナーの心臓には高い負荷が掛かる / Credit: Canva
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「今日の限界は明日の目標になる」1マイル競争から生まれたロジャー・バニスター効果

2024.09.03 Tuesday

1マイル競走(以下、「1マイル」)は、陸上競技の中距離走種目の1つで、1609.344メートルを走るタイムを競います。

メートル表記が主流の日本では、1マイルはマイナーな存在ですが、中距離走が盛んなヨーロッパではポピュラーな種目として、古くからレースが開かれています。

この1マイルにおいて、世界で初めて4分を切ったランナーは、イギリスのロジャー・バニスター氏です。

1954年5月6日、当時オックスフォード大学の医学生でもあったバニスター氏は、3分59秒4で1マイルを駆け抜けました。

陸上競技界では、それまで1マイルの世界記録は30年近く塗り替えられておらず、1マイル4分の壁を破ることは不可能と考えられていました。

そのためこの記録は、多くのアスリートの限界を超える意欲をかき立てたのです。

そしてバニスター氏の記録達成からわずか46日後に別の選手がさらにこの記録を更新します。

このことから限界が目標に変わり「あの人に出来たのなら私にも出来る」と高い目標でも現実的に考えられるようになる現象は、バニスターにちなんで「ロジャー・バニスター効果」と呼ばれるようになりました。

この言葉が今日まで残ることからも、ロジャー・バニスターの影響力の大きさが伺えます。

そんなバニスター氏が初めて1マイル4分を切ってから70周年となる今年、カナダ・アルバータ大学(University of Alberta)のマーク・ハイコウスキー教授らの研究グループは、興味深い研究結果を発表しています。

その内容とは、1マイルを4分未満で走った最初の200名の選手の生存状況を調べた結果、一般集団に比べて長寿であったことです。

これは、中長距離走のような心肺機能に高い負荷をかける競技が短命につながるという俗説を否定し、エリートアスリートが現役時代に行う超ハードなトレーニングであっても、健康面での好影響があることを示唆しています。

本研究は、バニスター氏が生まれたイギリスのスポーツ医学を専門とする雑誌『British Journal of Sport Medicine』に、2024年5月10日にオンラインで公開されました。

Under 4-minute milers’ longevity shows that extreme exercise doesn’t seem to curb lifespan https://medicalxpress.com/news/2024-05-minute-milers-longevity-extreme-doesnt.html
Outrunning the grim reaper: longevity of the first 200 sub-4 min mile male runners https://doi.org/10.1136/bjsports-2024-108386

1マイルを4分未満のアスリート(Four-minute mile runners)

今回発表された研究を説明する前に、1マイルを4分未満(Four-Minute Mile)で走った国内外のトップアスリートについて触れていきます。

前述したとおり、初めて4分の壁を破ったのは、ロジャー・バニスター氏(1929年~2018年)です。

ただ彼は、この偉業達成の2年前に開催されたヘルシンキ五輪の1500メートルでは、4位という不本意な結果に終わっていました。

もし金メダルをとっていたら、彼はここで引退していたでしょう。

しかし五輪が4位の成績で終わったことが逆に彼の闘争心に火を付け、2年後に1マイル4分切りを達成させるのです。

そんなバニスター氏ですが、陸上競技引退後も医師や研究者として世の中に貢献し、特に自律神経分野におけるパイオニアとして知られています。

1999年にアメリカのライフ誌が選定した「この1000年で最も重要な100人」では、トーマス・エジソンやガリレオ・ガリレイなどの歴史上の偉人と並んで、当時存命していた人物として唯一バニスター氏が選ばれています。

このことからも彼がいかにすごい人物なのかがわかります。

2009年(79歳)のときのロジャー・バニスター氏
2009年(79歳)のときのロジャー・バニスター氏 / Credit: commons.wikimedia

現在の1マイルの男子世界記録は、1999年にヒシャム・エルゲルージ氏(モロッコ)が達成した3分43秒13です。

エルゲルージ氏は既に引退していますが、五輪種目である1500メートルの世界記録も持っており(3分26秒00、1998年)、偉大な記録を2つ持ち続けています。

そのエルゲルージ氏の1マイル記録を破る可能性を秘めた現役選手は、東京五輪1500メートル、パリ五輪5000メートルの金メダリスト、ヤコブ・インゲブリクトセン選手(ノルウェー)です。

彼の自己記録は、1500メートルが3分26秒73、1マイルが3分43秒73と、いずれもエルゲルージ氏の持つ世界記録に迫っています。

このように、海外では五輪種目である1500メートルのトップアスリートも1マイルに本気で挑む文化があるものの、日本ではマイナーな存在です。

ちなみに、日本の現役選手のFour-Minute Mile Runnerとしては、東京五輪、パリ五輪の3000メートル障害に出場した青木涼真選手(1マイルの自己記録:3分54秒84、所属:Honda)らがいます。

日本の現役トップ選手の1マイルの記録が3分50秒台であるという事実から伺えるとおり、バニスター氏の記録から70年経っても、1マイルを4分切りで走ることが、日本の中距離走選手にとっては簡単ではないことがわかります。

次ページ5分未満の激しい運動に取り組むアスリートも長生きできる

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