勝負の記憶が引き起こす勝者敗者効果
厳しい自然界では、同種族の間でも激しい競争が行われています。
しかし競争者たちの体格とその勝負結果を記録していたある生物学者は、奇妙な現象に気付きました。
自然界で縄張りやメスを巡るオス同士の競争では、一般に体格が大きな個体が有利とされているにもかかわらず、直前の勝負の結果によって、その後の勝率が劇的に変わることが判明したのです。
直前の勝負に勝ったオスは、次の戦いに勝つ確率が上昇した一方で、直前の戦いで負けたオスは負ける確率が上昇していたのです。
ただ初期の観察が行われた段階では、単に強いオスが勝ち続け、弱いオスが負け続けている可能性がありました。
そこで研究者たちは、動物たちの勝負を人間のコントロール下に置いて行わせることにしました。
もし単に強いオスが勝ち続けているだけならば、勝敗の結果は実力(体格)に応じたものに収束するはずです。
ですが結果は全く違ったものになりました。
たとえばある魚類(トゲウオ)を調査した研究では、勝負を経験していない多数のオスが集められ、最初の勝負を終えたペアに、勝負未経験のオスと戦わせるという実験が行われました。
すると最初の勝負で勝ったオスが、勝負未経験のオスに勝つ確率は最終的に65%という高い値に収束することが判明しました。
言うまでもありませんが、あるオスが未知の相手との勝負に勝つ確率は平均すると50%になり、65%という数値はそれよりもかなり高いと言えます。
ですがより驚きだったのは、最初の勝負で負けたオスの戦績でした。
最初の勝負で負けたオスを勝負未経験のオスと戦わせた場合、その2戦目の勝率は実力に関係なく0%、つまり100%負けていることが明らかになったのです。
そして新しい勝負未経験のオスを何度引き合わせても、結果は変わりませんでした。
この結果は、単に強いものが勝ち続け弱いものが負け続けるときに現れる、実力をもとにした統計上の数値とは全く異なります。
つまり勝負に勝ったオスは次も勝ちやすくなり、勝負に負けたオスは次に負けやすくなるという実力とは別の仕組み「勝者敗者効果」が出現したことを示しています。
また続く研究により、類似の効果が哺乳類、鳥類、爬虫類、甲殻類、昆虫などにも存在していることが明らかになりました。
たとえばヘビ(アメリカマムシ)を調べた研究では、以前の戦いで負けたヘビは、次の相手より自分が10%大きくても、つまり実力的にかなり有利であっても「必ず負ける」ことが示されました。
またザリガニを用いた研究では、平均よりも小さいオスが大きな相手に戦って勝利すると、その後に大きな相手と戦った場合でも勝率が70%になることが示されました。
大金星は個体の競争力を本当に強くしていたのです。
一方で、小さい相手に負けてしまった大きなオスは、実力的に有利にもかかわらず、その後の戦いで勝てる確率は6%しかないことが示されました。
大金星が小さなオスを強化した一方で、大黒星は大きなオスを弱体化させてしまったわけです。
これらの結果は、直前の勝利が実力を遥かに上回る、勝敗の決定要因になっていることを示しています。
では人間の場合どうなのでしょうか?