名詞と代名詞を結びつける脳細胞が存在する
脳はどうやって名詞と代名詞を結び付けているのか?
この謎を解明すべくオランダ神経科学研究所の研究者たちは、新たな実験を行うことにしました。
調査にあたっては治療のために脳で記憶を司る海馬に電極が差し込まれた患者たちの協力を仰ぎ、たくさんの写真を見せ、特定の画像のみに反応する細胞をみつけました。
たとえば「シュレック」の画像には反応するものの、他の画像には反応しない細胞などです。
このような特定の個人と結び付いた細胞は概念細胞と呼ばれています。
有名人である「キムタク」を知っている人の脳内には「キムタク細胞」が存在しており、木村拓哉の写真をみたり名前を読んだ時にのみ活性化するわけです。
その後、患者が「シュレックがフィオナと夕食を食べた。そして彼はワインを注ぎました」という文章を読だときの脳活動を調べてみました。
するとシュレックに反応する概念細胞が「彼」という部分でも活性化していたことが明らかになりました。
この結果は、私たちの脳は代名詞を特定の人と即座に結び付けていることを示しています。
概念細胞には「彼」という代名詞の運ぶ曖昧な情報から、曖昧さを解消する役割を持っていたわけです。
このような代名詞の使用に依存した概念細胞の活性化は、サルではみられず人間だけで観察されました。
これまでの研究によりゾウなど一部の動物は知り合いを名前で呼ぶことが知られていますが、人間以外の動物は「代名詞」を使いこなせないのかもしれません。
また名詞(シュレック)と代名詞(彼)に対する脳の反応時間を調べたところ、名詞反応は0.21秒であったのに対し代名詞反応には0.6秒かかっていたことが示されました。
研究者たちは代名詞のほうが反応に長く時間がかかってしまうのは、概念細胞が代名詞を結び付けるプロセスを反映していると述べています。
代名詞は脳の処理負荷を上げてしまいますが、この程度の負荷ならば許容されるのかもしれません。
次に研究者たちは、2人の同性について述べる、ある種の「ひっかけ問題」ならぬ「ひっかけ文章」を用意しました。
たとえば
「トランプとオバマが居酒屋に入ってきた。そして彼は椅子に座った」
という文章です。
この文は先の一郎、二郎、三郎、四郎が出てきた文章(二郎と三郎と四郎は顔を上げて壇上に立つ一郎を見つめた。そして……ついに彼は語り始めた)のように、一郎という特定個人をクローズアップしたものではなく、トランプとオバマの優位性は中立です。
そのため被験者たちは彼がトランプとオバマのどちらになるかを自分で決めなければなりません。
すると被験者たちは、海馬の活動が活発だった人を「彼」に選ぶ傾向があることがわかりました。
研究者たちは誰を「彼」にするかは内的な好みに基づいている可能性があると述べています。
今回の研究では、代名詞の曖昧さの解消は性別のみにもとづいていましたが、他の文ではより文脈が重要になってきます。
たとえば「彼がとても金持ちであることがジョンを喜ばせる」という文章では「彼」はジョンである場合もあれば、そうでない場合もあります。
しかし「彼はとても金持ちなのでジョンは喜んだ」という部分では「彼」はジョンではない別の人物を指します。
研究者たちは、脳のネットワークがこのような複雑な代名詞の情報処理をどのように行っているのかは、将来の重要な脳科学のテーマになると述べています。