水を”効率よく”生む戦略
ここからは研究の概要を、原理を掘り下げつつ一緒に紐解いていきましょう。
まずはじめに、水とはどのように発生するのかを思い出してみます。
水の化学式は\( \mathrm{H_2 O} \)と表されます。これは水分子が水素原子\(\mathrm{H}\)と酸素原子\(\mathrm{O}\)が結びついてできていることを表しています。
つまり水素原子と酸素原子があれば水を作ることができます。
1900年代初頭から、研究者たちは水の素になる水素と酸素とは別に、希少金属元素であるパラジウムを用いると水を急速に生成できることを知っていました。
パラジウムの表面に水素や酸素が吸着されることにより表面上でこれらの濃度が上がり、水を生成する反応が促進されるのです。
このときパラジウムは「触媒」として働いています。
触媒とは、ある化学反応の反応速度を速める物質の中で、自身は反応の前後で変化しないもののことです。
今日では様々な化学反応に対応する多くの種類の触媒が開発されており、特に工業や実験室では欠かすことができない存在となっています。
有名な触媒を使った反応としては、例えば過酸化水素水(オキシドール)を二酸化マンガンに加えて酸素を生成するというものがあります。
理科の実験で実際にやったことがある方もいらっしゃるかもしれません。
この化学反応において変化をするのは過酸化水素水だけです。
$$\mathrm{2H_2O_2→2H_2O + O_2}$$
触媒である二酸化マンガンがあることにより、授業の時間中に容易に終わらせられる化学反応となっています。
しかしもし過酸化水素水に反応する触媒が全く無かった場合、周囲の環境にも依存しますが酸素を生成しきるまでに数日かかることもあります。
このような触媒の仕組みによりパラジウムを用いると反応速度を変えることができ、水を急速に生成できるのです。
しかし実のところ、この反応が正確にどのように起こるのかは今まで解明されていませんでした。
そこで今回の研究で科学者たちは、パラジウムがどのようにして気体反応を触媒して水を生成するのかを理解しようとしたのです。
「パラジウム触媒に関する現象は既知だが、完全に解明されたことはなかった」と、研究の筆頭著者でドラビッド研究室の博士課程の学生であるユークン・リュー氏は述べています。
何が起きているのかを解明するには、水が生成する瞬間を原子レベルで確認して考える必要があったのです。
しかし固体表面に吸着する分子の表面積は\( \mathrm{10^{-14} cm^{-2}}\)程度と微少であり、この精度で観察することは技術的な問題でつい最近までは不可能でした。
そんな中2024年1月、研究チームは、気体分子をリアルタイムで分析する電子顕微鏡を用いた新しい方法を発表しました。
この新しい技術を使ってパラジウムの反応を調べることができるようになり、今回の研究が実現できたのでした。