「家畜化実験」の始まり
家畜化は飼育とはまったく違います。
飼育は動物の性質はそのままに、餌や住居を与えて育てることです。
なのでライオンやトラなど、飼育はできても獰猛な性格を遺伝的に変えることはできません。
一方の家畜化は、ある特定の性質(大人しいとか人懐こい)を持った個体同士をかけ合わせ、それを何世代にもわたって繰り返すことで、その動物自体を人間が管理しやすい種に変えてしまうことを意味します。
ただ家畜化は思ったよりも難しい作業であり、人類がこれまでに成功した例はわずかです。
6000種いる哺乳類の中でも家畜化できているのは数十種であり、その中でも世界中で家畜化できているのは「ウマ・ヒツジ・ブタ・ヤギ・ウシ」の5種くらいしかいません。
なぜこんなに家畜化が難しいのかというと、家畜化できる動物はいくつかの条件を満たしていなければならないからです。
その条件とは例えば、
・気性が穏やかで、元から比較的大人しいこと
・人が近くにいたり、飼育下に入れられてもパニックにならないこと
・いろんな餌に適応し、わりかし何でも食べること
・人目があったり、飼育環境下でもスムーズに繁殖してくれること
・子供から大人へと成長スピードが速いこと
などです。
そこでベリャーエフはこれらの条件を満たす動物を選び、人の手で集中的に交配を操作すれば、犬よりもずっと短いスパンで家畜化が起こるのではないかと考え、実験を開始しました。
そうして選ばれたのが「キツネ」です。
特にベリャーエフが選んだのは、黒と白の体毛が特徴的な「ギンギツネ(Silver fox)」でした。
キツネは元来、遺伝的にオオカミに近い動物であり、ギンギツネも野生個体では人への警戒心や攻撃性が強く、懐くような種ではありません。
ただベリャーエフは「犬の祖先もオオカミだし、キツネでもいけるやろ」と考えました。
ベリャーエフら研究チームはまず、比較的大人しく、か弱い性質を持っているギンギツネを集め、オス30頭・メス100頭で家畜化実験をスタートします。
そして翌1959年に最初の子供たちが生まれました。
生まれた子供たちには定期的に、どのくらい人懐っこくて大人しいかを評価するためのテストを行い、それをもとに3つのグループに分けています。
1つ目はかなり人懐っこくて大人しい性質を持つグループ。
2つ目は人に触られることは嫌がらないものの、それほど人懐っこくはないグループ。
3つ目は人懐っこくもないし、全然なつかないグループです。
さらにチームはそれぞれのグループごとに、同じ性質を持ったキツネ同士で交配を続けました。
このとき、キツネに対して調教などは一切せず、純粋に遺伝的なかけ合わせのみによる変化を観察しています。
加えて、近親交配のしすぎで遺伝子に支障が起きないよう、定期的に他の農場から同じ性質を持つキツネを集めて、それぞれのグループ内に導入しています。
その結果、世代を経るごとに1つ目のグループのキツネたちはますます人懐っこさや従順さを増していき、野生のギンギツネとは大きく異なる穏やかな性質を持ち始めました。
そしてついにキツネたちは中身だけでなく、見た目も大きく変貌させ始めるのです。