時の迷宮を解く鍵

今回の研究は、私たちが当然視している「一方向への時間の流れ」という物理的概念を根本から問い直す、大きなインパクトを持っています。
これまで時間の不可逆性は、「エントロピー増大が原因だ」 と語られてきましたが、実は「エントロピー増大も、どちらの時間方向でも理論上起こりうる」という含みを示しているのです。
熱力学の第二法則 ではエントロピーが増大する方向を「未来」とみなしてきました.
しかし、もしマルコフ近似の取り方次第で、過去方向にもエントロピーが増えていく描像が成立するなら、いま一度「熱力学と時間の矢」との関係を考え直す必要があるかもしれません。
もっとも、統計力学的には過去向きのエントロピー増大は非常に起こりにくいと推測されるため、日常では観測されないわけですが、理論上の否定は難しいのです。
また本研究は「ビッグバンの瞬間、なぜ時間が未来へしか流れないように見えるのか?」という謎に、新しい光を当てる可能性があります。
過去向きの矢も同時に存在していたのかもしれない、と想定すれば、私たちが知らない「もうひとつの宇宙や時間の流れ」があった、という壮大なロマンへとつながります。
さらにマルコフ近似の対称的な扱いを応用すれば、量子情報や量子通信で「時間反転」のアイデアを活かす方法が生まれる可能性があります。
実際に「過去へ行く」ことはできなくとも、時間対称性を巧みに利用することで、新たなアルゴリズムやプロトコルが提案されるかもしれません。
このように「2本の時間の矢」という発想は、単なる学術的な好奇心だけでなく、熱力学・宇宙論・量子技術など幅広い分野に影響を及ぼす潜在力を持っています。
「時間とは何か?」「不可逆性は本当に絶対なのか?」という、非常に深遠な問いに対して、私たちは今、物理学の最前線で改めて向き合わなければならないのかもしれません。