宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功
宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功 / Credit:Canva
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宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功

2025.02.24 23:00:47 Monday

ある日、はるか未来に宇宙が一瞬にして消滅してしまうかもしれない――そんなシナリオとして理論物理学で長らく語られてきたのが「真空崩壊」です。

私たちの宇宙が実は「偽の真空」に閉じ込められている場合、量子の揺らぎによってエネルギーがより低い“真の真空”が突然生まれ、その“泡”が光の速さに近いスピードで宇宙を塗り替えてしまうという、壮大かつ恐ろしい終末論です。

多くの理論では、もし真空崩壊(偽の真空から真の真空への遷移)が実際に起こると、現在の宇宙を支える「真空」の性質が根本的に変わると考えられています。

具体的には、現在の真空状態が持つエネルギー密度や場の期待値が変化するため、そこから導かれる物理定数(例えば、素粒子の質量、結合定数、さらには電磁気力や重力の強さなど)が変わる可能性があります。

その結果、今までの物理法則に基づいた現象—原子や分子の形成、化学反応、星や銀河の構造など—が、まったく異なる形で現れることになるかもしれません。

さらに、真空崩壊のバブルが光速に近い速さで広がると、バブル内では新しい物理法則が支配する領域が形成され、元の宇宙の構造は急速に置き換えられるため、既存の物質や生命が存在できなくなる可能性が高いとされています。

もちろん、もし本当に起こるとしても気の遠くなるほど先の未来と考えられていますが、ドイツのユーリッヒ スーパーコンピューティング センター(JSC)によって行われた研究によれば、この現象を“安全に”実験室で模擬することに成功したといいます。

研究チームは、5,564個もの量子ビットを搭載した量子アニーラ―と呼ばれる装置を使い、スピンが次々と反転していく様子を「泡」として観測し、まるでミニチュアの宇宙終末を再現するかのような実験に成功しました。

果たして、私たちの宇宙は本当に「偽の真空」の中にあるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年2月4日に『Nature Physics』にて公開されました。

Stirring the false vacuum via interacting quantized bubbles on a 5,564-qubit quantum annealer https://doi.org/10.1038/s41567-024-02765-w

宇宙の隠れた危機:真空崩壊

宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功
宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功 / Credit:Canva

宇宙は、あらゆるエネルギー状態のうち「いちばん低い」場所に落ち着いているように見えますが、実はもう少し高いエネルギーに閉じ込められているかもしれない――このような“本当は完全に安定ではない”状態が「偽の真空」と呼ばれます。

たとえば、鍋の中にある汲んだばかりの水を想像してみてください。

鍋の中の水は室温で一見安定して見えますが、外部環境(温度や圧力など)がガラッと変われば、急に冷水になったり、さらに低いエネルギー状態である氷に変わったりする可能性を秘めています。

つまり、見かけの安定には“もっと下の安定”が潜んでいるかもしれないわけです。

宇宙の偽の真空も、ちょうどその“鍋の中の水”にたとえられます。

いまの姿は安定そうに見えても、実はさらに低いエネルギーへと一気に移る可能性が消えていない――そんなイメージで考えると理解しやすいでしょう。

そして偽の真空が何かのきっかけで“真の真空”へ移行すると、その境目が光に近い速度で広がって世界を一変させてしまうかもしれない、というのが真空崩壊の基本的な考え方です。

理論上、この可能性は完全には否定できないため、宇宙が“実は不安定”だった場合のシナリオとして、何十年も前から物理学者の関心を集めてきました。

しかし、あまりにスケールが大きく、実際に目撃できる現象ではありません。

そこで近年は、研究室という小さな舞台で「似たような仕組み」が起きる現象を人工的に起こし、量子現象や相転移の知見を駆使して分析しようという試みが進められています。

真空崩壊の本質は、“ふだんは安定して見えるけれど、少しの刺激や量子揺らぎで一気に別の状態へ変わってしまう”という点です。

たとえば、水が零下でも凍らずに過冷却のまま保たれ、ちょっとした衝撃で一気に氷へと変化する現象が引き合いに出されるなど、日常的な準安定状態を例に取りながら、その背後にある量子力学的なメカニズムを探ろうというわけです。

しかし実際には、量子の世界と宇宙スケールを直接結ぶのは非常に難題でした。

そこで登場したのが、数千の量子ビットを扱える“量子アニーラ―”などの先端機器です。

これらの装置は、大規模な量子状態の変化を高速かつ可視的に捉えることができ、“真空崩壊”と似たような過程が起こる状況をスピン反転やバブルの形成として観測できます。

今回の実験的な成果は、まさに理論物理学が描いてきた壮大な終末シナリオを、手のひらサイズの量子デバイスのなかで安全に追体験しようとする試みであり、これによって私たちの宇宙そのものの性質を知る手がかりになるのではないかと期待されています。

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