「政府はいくら借金しても実は大丈夫」新しい経済理論
構造改革によって、たしかに財政赤字は一時的に抑制され、企業収益は改善しました。しかし「家計消費」「賃金水準」「実質経済成長率」といった生活実感に近い指標は、ほとんど回復しませんでした。
結果的に構造改革は失敗しましたが、当時の世界は経済成長のためには政府の役割を小さくし、民間の競争を促すべきだという新自由主義が支配的でした。
日本国内も財政赤字が大きな問題にされており、政府債務残高をなんとかして減らさなければいけないという議論が中心でした。
そのため当時の世界情勢や経済理論の常識でいうと、日本政府の選択は別におかしなことではなかったのです。
当時の世界経済の考え方は、家計と一緒で苦しいときは支出を見直して財務状況を立て直せばいいと勘違いしていました。しかし国の経済を考える場合は、逆の発想が必要だったのです。
そこで、だんだん注目されるようになってきたのが、「MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)」という新しい経済の考え方です。
MMTとは?
MMT(現代貨幣理論)では次のような考え方をします。
自国通貨を発行できる国は、いくら借金をしても通貨を発行すれば返せるからそもそも「借金の額」を気にする意味がない。
重要なのは「政府の借金の額」ではなく、「通貨価値が崩壊していないか」であってこれは「国の支出によって物価がどう動くか」、すなわちインフレ率に注意していればわかる。
もし支出の結果として物価が上がりすぎたり、通貨安が進行した場合には、増税で市場に出回った通貨を回収し、引き締めを行えばいい。
この考えに従えば、国が不景気のときに借金額が増えることにビビって国が支出を減らすのはナンセンスだということになります。
国の消費が冷え込んで経済が停滞しているなら、国がバンバン借金してお金を使い、国内の需要を回復させて経済を成長させれば良いのです。
もちろん通貨を発行し過ぎれば、その通貨の価値が下がり物価が上昇するインフレ状態になります。しかしそのときは増税で市場のお金を減らせば回避できるというわけです。
構造改革の失敗した日本政府は、2013年以降、このMMTの考え方に近い政策にシフトしていたと言われています。
それが「アベノミクス」と呼ばれる経済政策です。その柱は、以下の「三本の矢」でした。
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大胆な金融緩和(政府がお金を出してインフレに誘導)
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機動的な財政出動(景気対策としての公共投資や給付)
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民間投資を喚起する成長戦略
このうち、特に最初の2つは、MMT(現代貨幣理論)の中核的な発想と一致しています。
ただここで一つ注意して欲しいのは、日本が本当に「MMTを政策として採用したわけではない」という点です。
日本政府が公式にMMT(現代貨幣理論)を採用した事実はありません。MMTとは、1990年代にアメリカの経済学者たちによって提唱されましたが、注目されるようになったのもっと後のことで、米国でも政治家が言及するようになったのは2019年からだとされます。
しかし、あとから見ると安倍政権以降の「アベノミクス」では財政出動が繰り返され、インフレ率2%の達成が目標として掲げられました。これは明確に、「政府がお金を出すことで景気を動かす」方針であり、まさに結果的に“MMT的な政策運用”になっていたのです。

この政策は、長引くデフレと経済停滞から日本を脱却させ、国内の景気を回復させるはずでした。
しかし、現在の私たちの実感としては、全く成功した印象がありません。
アベノミクスは確かに日本をインフレに誘導することに成功し、企業は過去最高益を記録し、株価も上昇しています。
けれど一方で庶民の実質賃金は上がらず、生活は苦しくなる一方となりました。
どうしてこのような格差が生じてしまったのでしょうか?