個人の借金を金融資産にしてしまった「MBS」の登場
2000年代初頭のアメリカでは、住宅の購入ブームが起きていました。
アメリカでは古くから「マイホームの所有はアメリカン・ドリームの象徴」とされてきましたが、2000年代初頭には、それが国家政策レベルで奨励されたのです。
特にブッシュ政権(2001年〜)下では、低所得者層にも住宅所有を広げることが「国民全体の繁栄」につながるとされ、住宅ローンの規制を緩和する政策が進められました。
そのため多くの人がマイホームを手に入れ、銀行もそれを支える形で住宅ローンをどんどん貸し出したのです。

しかし、銀行にも限界があります。資金が足りなくなってくると、さらに貸し出すには資金の「回収」が必要になります。そこで銀行が考えたのが、「住宅ローンをまとめてパックにして、商品として投資家に売ってしまおう」というアイデアでした。
たとえば、あなたが友達3人にお金を貸したとします。Aくんには1000円、Bさんには2000円、Cくんには1500円。返済の時期はバラバラです。でも、それを一つのパックにまとめて、「この返済スケジュールを全部受け取る権利」として別の人に売ったらどうでしょう?
その人は返済を利子もつけて受け取れるし、あなたも一部の利息と共にすぐに現金を手にできます。
これがMBSの基本的な仕組みです。実際にはもっと高額の数百~数千の住宅ローンがまとめられ、それをまた細かく分割して世界中の投資家に売られました。
つまり、「この住宅ローンは、毎月きちんと返済されています。その返済を受け取る権利を、投資家のみなさんに売りますよ」という商品がMBS(Mortgage Backed Securities)なのです。
なぜ、そんな商品が人気だったのか?
理由はシンプルです。投資家から見れば、「住宅ローンは毎月コツコツ返済されるから、安全に見える」のです。
しかも、アメリカでは住宅価格が右肩上がりに上昇していたため、「返済できなくても、家を売れば大丈夫」という楽観的な雰囲気が市場全体を包んでいたのです。
ここから、いわゆる「住宅バブル」が生まれていくのです。
住宅を買いたい人が増えれば、その需要の高まりから住宅価格が上がります。価格が上がれば、「今のうちに買っておこう」とさらに人が家を買いに走ります。すると、また値段が上がる――この繰り返しです。
2000年代前半のアメリカでは、この住宅バブルによって、どんなやつでもいいからどんどんローンを組ませて「家を売りまくれ」という雰囲気が金融の世界に広まっていきます。
この需要の高まりから登場するのが、サブプライムローンという非常に危険なローンです。
「プライム」とは信用度の高い優良層を指します。「サブ」はその下の信用度が低い層という意味です。つまり「サブプライム」とは、収入が不安定、返済能力が低めな人を指します。
もう言葉の意味を説明しただけでヤバい予感がします。
銀行は、最初は信用のある人(プライム層)にローンを出していましたが、そのうち信用の低い人(サブプライム層)にも貸し始めました。返せるかどうかよりも、「とにかく貸してMBSにして売ればいい」という考えが、金融機関を突き動かしていたのです。
とはいえ素人目に見ても返済能力のない人にお金を貸してどうするんだ? という気がしてしまいます。実際こんなことが成立した背景には、当時のアメリカの異常な住宅価格の上昇率があります。買ったときより高く売れるという状況が当たり前になっていたのです。
つまり返済が不可能になったとしても、買った家を売ればローンを返済した上で、お釣りが来るという状況だったのです。
そうなれば当然、貸す方も借りる方も、ローンを組んで家を買わなきゃ損だとなります。
さらにこのMBSを世界中に売り込むため、投資銀行は格付会社と結託し、本来ハイリスクなこの商品に対して「AAA(トリプルエー)」という最高評価を付けさせました。
これによって、投資には非常に慎重な年金基金や地方自治体の資産運用部門、保険会社までもが、MBSを「安全な資産」と信じて購入していきました。
こうして、住宅バブルで生まれた非常に不安定な個人の借金が、金融機関の中だけでなく、社会全体に分散されていったのです。
家も、ローンも、そしてローンを束ねたMBSも、「上がり続ける前提」でどんどん取引されていきました。
しかし、あまりに価格が上がりすぎれば、「さすがにこの値段では…」とためらう人が増えてきます。そして2006年を境に住宅価格の上昇が鈍化し始め、やがて下落に転じます。
すると家を売ってもローンを返せない人が増え、ローン返済の延滞が発生、MBSの価値が一気に下がり始めます。
このとき、世界中の投資家はパニックに陥りました。なぜなら、MBSがあまりに広く出回っていたため、「どの銀行が、どれくらい危険なMBSを抱えているのか」が誰にもわからなかったからです。
信用が崩れ、金融市場は凍りつきました。