ロボットは人の手を超えるのか?課題と未来図

今回の成果は、「職人芸」が求められてきた顕微授精というデリケートな工程を、どこまでロボットや人工知能の手に委ねられるかを試した点で画期的です。
従来の顕微授精では、経験豊富な胚培養士が顕微鏡をのぞき込みながら何度も手元を微調整し、卵子の膜を破らないよう慎重に針を進め、精子を注入してきました。
それはまるで、ガラス細工の職人が割れやすいガラスを扱うような熟練の世界でした。
今回の研究では、その一連の工程のうち半分近くが、すでに機械だけでこなせることが証明されました。
もちろん残りの工程では人間の判断や遠隔からの指示が必要でしたが、それでも「機械に任せておける部分」が大幅に広がったのは大きな前進といえます。
ただし、「ほぼ自動化された顕微授精」は、まだ実験室レベルの話でもあります。
たとえば、途中で機械のトラブルが生じた場合には、人間がリアルタイムで手を貸さないといけません。
将来的にはこうしたトラブルシューティングも人工知能が行えるようになるかもしれませんが、現時点では「完璧な全自動化」には至っていないというのが正直なところです。
それでも、卵子に針を刺す深さやタイミングといった、本来なら“神経を研ぎ澄ませて行う”細やかなステップを機械が正確にこなせる可能性を見せてくれたのは大きいでしょう。
さらに今回の研究で注目すべきは、物理的に3700キロも離れた場所から指示を送り、極小の顕微操作を成功させた点です。
これは、インターネット越しに「針をもう少し右へ」「卵子をゆっくり固定して」といった指令を一瞬の遅延もほとんどなく届けられることを意味します。
まるで遠隔地にある精密な“分身ロボット”を操縦しているようなイメージです。
高速で安定したインターネット回線が前提になりますが、こうした通信インフラさえ確立されれば、熟練技術者が不足している地域や遠隔地であっても、トップレベルの顕微授精が実現できるかもしれません。
このように、「いつでも、どこでも、一流の顕微授精を行えるかもしれない」という未来を感じさせる一方で、まだ残る課題も明らかになりました。
自動操作はどうしても安全策を重視するあまり、手動より時間がかかる傾向があります。
通常の顕微授精なら1分ほどで終わる工程が、機械を介すると10分近く要する場面がありました。
しかし、これは自動運転車が開発初期にスピードを控えめにして安全性を確保していたのと同じで、システムが成熟すればもっと短縮できる可能性は十分にあります。
現に人工知能分野では、学習データが増えるにしたがって作業効率や精度が飛躍的に向上する例が多々報告されています。
顕微授精でも同じように、大規模な臨床データを取り込みながら段階的に改良を進めていくことで、人間の職人技を上回る精度と速度の両立が視野に入ってくるでしょう。
倫理面での懸念も無視できません。
胚は将来の子どもになる存在であるため、ミスや想定外の事態があってはならない、という強い責任が伴います。
今後、人工知能による自動操作がどこまで信用できるのか、人間による最終チェックや緊急時の介入はどの程度必要なのかなど、慎重な検討が求められるでしょう。
医療行為としての安全基準や規制も、国や地域によって異なる可能性があります。
ただ、その難しい課題をクリアした先に、多くの患者さんが「距離や技術者不足」の壁を越えて高度な不妊治療を受けられる未来が待っているかもしれません。
近い将来、顕微授精のみならず、遺伝子スクリーニングや着床前検査など、さまざまな工程が自動化され、さらに遠隔地から操作・監視できるようになれば、不妊治療の常識は一変するでしょう。
これからは「ロボットと人工知能が新しい命を育む時代」となりそうです。