音楽×ADHDが着目されている理由

ADHDは注意力の維持や衝動のコントロールが難しい発達障害で、子どもだけでなく大人にも見られます。
大人のADHD当事者は、学業や仕事、人間関係など様々な場面で集中力の低下や不注意による困難を抱えがちです。
その治療には主に薬物療法(例えば神経刺激薬の投与)や行動療法(認知行動療法など)が用いられてきましたが、それだけでは十分でない場合も多く、脳の認知機能そのものを鍛える新たなアプローチに注目が集まっています。
一方、音楽が脳に与える良い影響については以前から知られています。
楽器演奏や音楽訓練は脳の可塑性を高め、記憶力を伸ばし、情動を安定させる効果が報告されています。
例えば子ども時代に楽器を習うと、空間認知や言語、数学の能力が長期的に向上するとの研究もあります。
またADHDでは集中力を維持しにくいとされますが、音楽を聴いたりリズムをとったりしているとき、脳の覚醒度がちょうどよいレベルに保たれやすいという説があります。
音楽を活用することで脳内報酬系を刺激し、注意や集中を助ける効果が期待できるのです。
また音楽はリズム(規則的な構造)を持つため、ADHDで散らばりがちな思考を「枠にはめて」あげる役割も果たします。
音楽療法士98名を対象としたある調査では、87%もの療法士が「音楽療法は薬物療法との併用でADHD治療に有効」と考えており、特に行動面(94%)や心理面(89%)、認知面(69%)での改善を目標に掲げていました。
シニア世代でも、新たに楽器演奏を始めることで言語の記憶力など認知機能が改善したという報告があるほどです。
さらにいくつかの研究では楽器ごとにADHDの症状に異なる影響を与える可能性が示されています。
特に「鍵盤系(ピアノ)が注意 ・ワーキングメモリの改善に効果があり」「打楽器(ドラム)が衝動・タイミング制御に効果がある」 というペアは複数のデータで再現されています。
鍵盤や複雑なコード進行は 両手協調・譜読み・聴覚‐視覚‐運動のマルチタスク を同時に要求します。
結果として前頭前野‐小脳ネットワークを長期的に鍛え、「集中 → 記憶保持 → 制御」 の一連を底上げしていると解釈されます。
またADHD ではミリ秒〜数秒単位のタイミング誤差が衝動的ボタン押しや“フライング発言”につながるとされます。
そのためドラムやメトロノーム練習でリズム誤差を修正すると、脳内の運動時計&抑制回路(補足運動野・基底核)が再調整されるため、衝動行動が減ると考えられます。
しかし楽器演奏という面においては、ADHDへの効果を調べた研究はまだまだ限定的でした。
そこで今回イスラエルのSivan Raz氏らは「楽器の長期訓練がADHD成人の認知能力に関連する改善をもたらすか」を検証することにしました。