ピアノで集中、ドラムで衝動制御──楽器演奏によるADHD治療最前線
ピアノで集中、ドラムで衝動制御──楽器演奏によるADHD治療最前線 / Credit:Canva
health

ピアノで集中、ドラムで衝動制御──楽器演奏によるADHD治療最前線 (3/3)

2025.04.25 21:00:33 Friday

前ページADHD治療に足りなかったのは“リズム”

<

1

2

3

>

リズムが脳回路を鍛える仕組み

リズムが脳回路を鍛える仕組み
リズムが脳回路を鍛える仕組み / Credit:Canva

なぜ楽器演奏がこれほど認知機能に好影響を及ぼすのでしょうか。

その理由として研究者らは、楽器練習自体が脳に対する総合的なトレーニングになっている点を指摘しています。

楽器を演奏するには曲に集中し続ける注意力、楽譜や指使いを記憶する記憶力、指先や体の精密な運動協調、そして音や視覚情報を同時に処理する能力など、実に多彩な脳機能をフル稼働させる必要があります。

まさに脳の全身運動と言える活動であり、長年にわたるこうした「認知の筋トレ」が注意や実行機能を司る脳回路を強化するのだろう、とRaz氏らは述べています。

実際、過去の脳画像研究では楽器演奏者の脳構造に一般の人とは異なる特徴が見られます。

たとえば前頭前野(注意や行動制御を担う脳の前部)や小脳(運動制御だけでなく認知面にも関与する領域)に、音楽家特有の構造的な違いが報告されており、これらはいずれもADHDで機能不均衡が指摘される部位です。

音楽訓練によってこうした脳の要所が物理的・機能的に鍛えられ、その結果として認知テストの優位性につながった可能性があります。

加えて、今回の知見は先行研究で考えられていた音楽介入のメカニズムとも合致します。

専門家による包括的レビューでは、音楽活動が計画力・集中力・衝動抑制など実行機能を高め、ADHD児の時間管理やタイミング感覚の発達を助ける可能性があると指摘されていました。

楽器演奏には集中力の持続、複数の感覚の同時処理(楽譜を見ながら音を聞き手を動かす)、練習の繰り返しによる記憶など、多くの認知要素が必要です。

そのため練習によって脳内の注意・実行機能ネットワークが鍛えられた結果がテスト成績に表れたと考えられます。

またリズムに合わせて演奏する訓練は脳内の神経活動を同期させ、認知処理の効率を上げるとも考えられています。

このように音楽には脳内ネットワークを整える作用(過度な興奮をしずめ必要な部分を活性化するなど)があり、それがADHD症状の改善につながり得るというわけです。

音を楽しみながら集中力アップにつながるなら一石二鳥と言えるでしょう。

もっとも、今回の研究デザインは「長年楽器をやってきた人」と「やってこなかった人」の断面比較であり、音楽が直接これらの能力向上を「引き起こした」ことを厳密に示したわけではありません。

言い換えれば、因果関係の証明には慎重さが必要です。

研究チームも「元々認知コントロールが高めの人が音楽を続けやすかった可能性」を完全には否定できないと認めています。

そこで今後の課題として、たとえばADHDの人に新たに楽器練習を始めてもらい、その前後で認知機能の変化を追跡する縦断的研究が望まれます。

実際に音楽トレーニングを導入してみて、時間の経過とともに注意力や記憶力がどう伸びるのかを観察できれば、因果関係の方向をより明確にできるでしょう。

またADHDの亜型(不注意優勢型か衝動多動優勢型か等)による効果の違いや、楽器の種類ごとの有効性も検討の余地があります。

あるタイプのADHDにはリズム楽器が特に効く、といった可能性も考えられるためです。

さらに神経科学的には、楽器訓練による脳内変化を直接見るため脳画像法を組み合わせることも有益でしょう。

どのように脳構造や機能が変わっていくのかを捉えれば、音楽がADHD脳に与える影響を一層はっきりと描き出せるはずです。

今回の発見は、楽器演奏というアプローチがADHDの新たなリハビリテーション手段になり得る可能性を示唆しています。

もちろん薬物療法や行動療法が第一選択である点に変わりはありませんが、その補完的な位置づけとして音楽を取り入れる価値は十分考えられます。

実際、一部の参加者は17歳以降に楽器を始めたにもかかわらず効果が見られたことから、大人になってからでも遅すぎることはないようです。

指先から奏でるメロディーが脳を刺激し、注意力や記憶力を向上させてくれる――そんな副作用のない楽しいトレーニングなら、当事者にとって取り組みやすく自己肯定感にもつながるでしょう。

研究者らは「音楽によるプログラムを療法に組み込めば、楽しみながら認知機能を伸ばすことができ、ADHDの人の生活機能を向上させる非スティグマ的な方法になり得る」と期待を寄せています。

今後さらなる研究が進めば、音楽スタジオがADHDケアの現場の一端を担う日が来るかもしれません。

<

1

2

3

>

ピアノで集中、ドラムで衝動制御──楽器演奏によるADHD治療最前線 (3/3)のコメント

ゲスト

効果云々以前に楽器の演奏は出来を求めなければどのような楽器でもそこそこ楽しいですからね。

コメントを書く

※コメントは管理者の確認後に表示されます。

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

健康のニュースhealth news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!