火の遺伝子(火傷用)は進化医学においても重要

こうした遺伝子的適応は、人類が軽い火傷に対して特に強力な炎症反応で立ち向かうよう進化したことを示唆しています。
炎症反応とは、外傷や感染に際して体が起こす発赤・腫れ・痛みなどを伴う免疫反応のことです。
小さな火傷では、この炎症が素早く起こることで傷口を消毒し、細菌感染を防ぎ、組織の再生を促します。
言わば、「小火(ぼや)には大量の水を即座に浴びせて消し止める」ような戦略です。
それ自体は生存に有利ですが、問題はこの戦略が大火事の場合に裏目に出ることです。
大きな火傷では、体中で炎症の嵐が起きてしまい、かえって臓器不全やショックといった二次被害を引き起こします。
研究チームは、「小さな火傷で有益だった適応が、大火傷では不利に働いてしまう進化上のトレードオフ(適応の裏返し)」が起きている可能性を指摘しています。
実際、現代の重度熱傷患者でも、感染がないにもかかわらず身体が過剰防衛反応を起こし、自らの組織を傷つけてしまう例が知られています。
これは無菌状態の火傷で免疫が暴走する一因を進化的な適応に求める見方であり、この仮説によってそうした「火傷時の免疫暴走」の謎を説明できるかもしれないのです。
研究を率いたジョシュア・カディヒー博士(インペリアル・カレッジ・ロンドン)は「火を手にしたことは人類に計り知れない恩恵をもたらしましたが、その代償として火傷という新たな試練に向き合う必要が生じました。私たちの身体はその試練に適応する一方で、想定外に大きな火傷には今も脆さを残しています。」と述べています。
またチームは「小さな火傷で引き起こされる強力な炎症反応は、一種の両刃の剣です。軽傷を治すには役立ちますが、広範囲の火傷では同じ反応が制御不能に陥り、患者を危険に晒してしまうのです。」とも説明しています。
このように、人類の進化の中で獲得した防御メカニズムが、状況次第では弱点にもなり得るという洞察はとても興味深いものです。
この視点は人類の進化史を彩るだけでなく、現代の医学にも示唆を与えるものです。
進化医学の観点から考えると、私たちの身体が重度の火傷に対して脆弱なのは、「普段は役立つ防御反応が極端な状況では仇となる」という進化上のトレードオフの結果かもしれません。
進化医学とは何か?
進化医学とは、「病気を“今だけの不調”ではなく、“過去の進化の名残”として読み解く」学問です。
たとえば発熱や炎症の過剰反応は、祖先が感染症と戦うために進化で獲得した“安全装置”の暴走と考えます。
この視点を取り入れると、症状を単に抑えるのではなく、なぜそうした反応が起こるのかを理解し、より根本的な治療や予防策につなげられるのです。
であれば、火傷治療の研究においても、この進化の背景を踏まえることが重要になるでしょう。
実際、今回特定された遺伝子や炎症経路は、火傷による炎症を抑えたり治癒を促進したりする新たな治療標的となる可能性があります。
遠い祖先が焚き火を囲んだ夜、その小さな火傷を乗り越えてきた経験が、いま私たちの細胞の中に息づいていると考えると、進化のドラマに改めて驚かされます。
両立できるように遺伝子いじるとかはまだ難しいんですかね。