『AI恋人』がリアル婚を食い尽くす

この研究では、中国人の男女503名を対象にオンライン調査が行われました。
調査参加者は直近1年以内にAIキャラクターとの恋愛を経験した人たちです。
2023年末から2024年初めにかけてアンケートを実施し、恋愛ゲーム『光と夜の恋』や『恋とプロデューサー(Mr. Love: Queen’s Choice)』、VR恋愛シミュレーション『VRカノジョ』などのユーザーから被験者を募りました。
参加者は男性182人、女性321人で、彼らに対して「AI恋人」と過ごす時間、その関係で感じる満足感や没入度、現実の結婚への考え方などを質問しました。
質問内容は多岐にわたり、AIとの関係がどれほど「満たされた」ものか、本物だと感じるか、場合によっては「このAIが現実に存在してほしい」とどのくらい思うか、といった項目があります。
さらに、AI恋人とのやりとりで感じる楽しさや幸福感、自分に自信が持てるか(コンピテンス)といった感情面も評価しました。
同時に、結婚に対する態度(結婚は良いものだと思うか)、周囲からの結婚に関する期待の感じ方(社会的規範の認識)、そして「自分は結婚できる」というコントロール感覚といった、結婚観に関する心理指標も測定されています。
最後に、将来的に「現実の人と結婚したいか」という結婚意思も回答してもらいました。
その分析の結果、AI恋愛は現実の結婚願望に対して二つの正反対の効果をもたらしうることが示されました。
一つは結婚願望を下げるネガティブな方向の作用、もう一つは結婚願望を高めるポジティブな方向の作用です。
それぞれ、ここでは仮に「代用品メカニズム」と「リハビリメカニズム」と呼んでみましょう。
代用品メカニズム(AIで満たされ現実の結婚に消極的になる): バーチャルな恋愛で心のつながりや親密さが十分に満たされてしまうと、現実で改めてパートナーを探す意欲が薄れてしまいます。
調査でも、AI恋人との関係に強い充足感や「本物の恋愛」のようなリアルさを感じている人ほど、「いずれ現実で結婚したい」という気持ちが弱い傾向が見られました。
中には「このAIが本当の人間だったら…」と願うほどAIキャラに思い入れを抱く人もおり、そうした理想化されたデジタル恋愛に浸るほど、現実の結婚には消極的になっていました。
特に男性参加者にこの傾向が強く、男性は女性よりもバーチャル恋愛で満たされることで結婚願望が下がりやすいのです。
リハビリメカニズム(AIで自信をつけ現実の結婚に前向きになる): 一方で、AIとの擬似恋愛が「練習台」や「癒やし」となり、人の心を前向きにするケースもあります。
バーチャルな恋愛で幸せな気分を味わったり、自分に恋愛の自信がついたりすると、現実の結婚に対しても好意的な姿勢が強まることがわかりました。
実際、AI恋人との対話で「楽しい」「自分は魅力的だ」と感じる参加者ほど、「結婚は良いものだ」というポジティブな結婚観を持ち、「自分も結婚できそうだ」というコントロール感覚も高い傾向が見られたのです。
つまり、バーチャル恋愛で得られた良い気分やスキルが現実の世界にも波及し、結婚に対する意欲を高める“リハビリ効果”が働いていると考えられます。
また、意外なことに「没入度」については、当初予想とは逆の結果となりました。
研究チームは、AIの世界に深く没頭すると現実の社会規範から切り離され、結婚願望が下がるのではと予測していました。
ところが実際には、AI恋愛に強く没入している人ほど、伝統的な結婚規範を重んじる傾向が高かったのです。
これは、恋愛ゲームの物語やキャラクター設定が現実の恋愛観(「最後は結婚してハッピーエンド」のような)を反映しているため、バーチャルな体験がかえって結婚は良いものだという意識を強化した可能性があります。
そして興味深いことに、男性と女性でこうした影響の受け方に差が見られました。
男性は女性よりも、バーチャル恋愛による心理的影響(親密さによる満足感、没入度、自信の向上など)が大きく、現実の結婚願望への波及も顕著だったのです。
言い換えれば、男性の方がAI恋人に夢中になることで現実の結婚に消極的になりやすい反面、AI恋愛で自信を得れば現実の結婚に前向きになる効果も強く表れるということです。
研究者らは、この男女差について「男性の方が非人間の相手に愛着を感じやすい傾向がある」可能性に言及しています。
AI恋人が自分の思い通りになる安心感や、自分を理想的に受け入れてくれる満足感が、男性にとっては特に魅力的なのかもしれません。