1:通報のハードル、被害申告を阻む心理的壁

ストーカー被害者が警察に助けを求めるまでには高いハードルがあります。
多くの被害者は「警察に言っても真剣に取り合ってもらえないのでは」と不安を感じ、通報をためらいます。
英国の調査によれば、被害者が警察への通報を躊躇する主な理由は、「報告しても状況が悪化するかもしれない」「警察が何をしてくれるかわからない」、そして「自分の訴えを深刻に受け止めてもらえないのではないか」といった不安でした。
こうした不安から、深刻な被害に発展するまで誰にも相談できずに抱え込んでしまうケースも少なくありません。
実際、ストーカー被害全体から見ると警察への通報率は非常に低い現状があります。
米国司法統計局の調査では、2019年にストーカー被害に遭った人のうち警察に被害を届け出たのはわずか29%に過ぎませんでした。
被害者が届け出をしなかった理由として最も多く挙げたのは「その被害は警察に報告するほど重要ではないと感じた」ことで、全体の約40%を占めました。
さらに「警察に言っても何もできないと思った」と考える人も3割以上おり、この割合は過去数年間で増加傾向にあります。
日本でも傾向は類似しており、ある調査研究ではストーカー被害に遭った人のうち警察や行政など公的機関に相談した人はわずか10.5%でした。
特に恐怖を感じる被害を受けた女性でも、相談率は15%程度に留まっています。
被害者が通報を思い留まる背景には、心理的・社会的な障壁が存在します。
日本の調査では、警察に相談しない理由として「警察に相談しても解決しないから(48.9%)」「相談すると後が面倒そうだから(48.5%)」「プライベートな問題で相談しにくいから(45.4%)」といった回答が多く、「警察も丁寧に対応してくれないと思うから」という不信感も40.8%に上りました。
さらに、加害者からの報復への恐れや、「恋人同士の揉め事を他人に話すのは恥ずかしい」という感情、あるいは親密な関係の中で暴力がエスカレートと沈静化を繰り返す「暴力のサイクル」に巻き込まれ、誰かに助けを求める判断が麻痺してしまうケースもあります。
こうした要因が重なり、被害者は警察への通報をためらいがちで、被害が深刻化するまで孤立してしまうことが少なくありません。