超重元素研究の常識を打ち破る

核分裂の現象が初めて明確に示されたのは1930年代末のことです。
ドイツのオットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマン、そしてリーゼ・マイトナーとオットー・フリッシュらの功績によって、「ウランの原子核に中性子照射を行うと、核が二つに割れてバリウムなどの元素を生じる」という衝撃的な発見が世に知られるようになりました。
そこから核分裂は一気に研究の中心に躍り出ます。
第二次世界大戦中に核エネルギー開発をめぐる国際競争が激化したことはもちろんですが、戦後は基礎科学の領域でも「原子核の内部構造はいったいどうなっているのか」「もっと重い元素でも同じように分裂するのか」など、さまざまな興味が広がっていきました。
核分裂には大きく分けて、破片がほぼ同じ大きさになる「対称核分裂」と、片方が大きくもう片方が小さい「非対称核分裂」があるとされています。
ウランやプルトニウムなどでは、主に非対称に割れることが多いのが知られた特徴です。
その一因として、“殻構造”と呼ばれる原子核内部の微妙なエネルギー配置が関係していると考えられます。
これは、ちょうど電子が特定の軌道に配置されるように、陽子や中性子にも安定しやすい“魔法数”のような組み合わせが存在する、というイメージです。
ところが、質量数が257を超えるさらに重い原子核を調べてみると、真っ二つな対称核分裂の割合が急増する現象がある程度確立された観測として示唆されてきました。
つまり、これより重い(あるいは中性子が多い)原子核では、一度に二つのほぼ同じ質量の破片に分かれやすい可能性が高いのです。
これは、“より重い核になると殻構造の影響が弱まり、液滴のような均一な塊として割れやすくなる”という見方を後押しするものでしたが、実際にはデータが非常に限られており、その理由や条件については謎が多く残されていました。
ここで大きな役割を果たすのが、99番元素アインスタイニウム(Es)です。
アインスタイニウムは1952年に南太平洋で行われた水素爆弾実験の残骸から初めて発見された“核実験生まれ”の元素です。現在でも年間に合計ミリグラム程度しか合成できず、主に米国オークリッジ国立研究所の高フラックス炉でナノグラム単位の試料が確保されるだけという超希少種です。Esはα線とγ線を絶えず放ち、自ら発熱して結晶格子を数週間で壊してしまうほどの放射線パワーを持ちます。アインスタイニウム熱中性子捕獲断面積は約3800 barnとウランを大きく上回り、炉内ではすぐより重いメンデレビウムへ育つため「超重元素製造の踏み石」にもなります。また重要な点としてアインスタイニウム-254は、半減期が275日と超重元素としては比較的長く、実験室で本格的な化学が行える“最後の元素”として研究者を魅了し続けています。
アインスタイニウムは核実験や高性能原子炉の中でごく少量だけ生成されるもので、「人類が何とか扱える限界に近いほど重い元素」と言われています。
そのアインスタイニウムにヘリウム粒子を衝突させると、101番元素メンデレビウム(Md)が合成できますが、このような重い元素は半減期が短く放射能も強いため、研究用のサンプルを準備するだけでも非常に困難です。
しかし、こうした極限状況を調べる意義はとても大きいです。
核分裂の仕組みがどう変化するかを正確に突き止めれば、「超重元素はどこまで存在しうるのか」「星のなかでどうやって金やウランのような重い元素がつくられるのか」という壮大な疑問に迫る手がかりになるからです。
実際、天体内の核反応では巨大なエネルギーと膨大な中性子の供給があり、高原子番号や中性子過剰の核種が生成されやすいと考えられています。
そこでの核分裂パターンがわかれば、なぜ宇宙にはこんなにも重い元素が存在するのか、あるいは周期表の先へどこまで新元素が続くのか、さらに明らかになるかもしれません。
そこで今回研究者たちは、最重量級のアインスタイニウム(254Es)を標的にヘリウム粒子を高速で衝突させ、メンデレビウム(258Md)を合成して核分裂の詳細を初めて大規模に測定するという大胆なアプローチを取りました。
こうして質量257の境界を超えた未知の核分裂領域に迫ることで、“常識を覆す”現象が次々に見えてきたのです。