赤ちゃんザルの「誘拐」が流行と化す
ヒカロン島に生息する「ノドジロオマキザル(学名:Cebus imitator)」(以下、オマキザルと表記)は、石器を使う独自の文化で知られており、研究者たちは2017年から島内に設置したカメラを通じてこのユニークな行動を観察してきました。
そんな中、研究主任で博士課程のゾーイ・ゴールドスボロウ(Zoë Goldsborough)氏は2022年に、過去5年間の映像データを調べていたところ、異様な光景を発見したのです。
それはオマキザルのオスが「ホエザル(学名:Alouatta)」という別種のサルの赤ちゃんを背中に乗せて運んでいる場面でした。
「あまりにも奇妙だったので、すぐに指導教員のオフィスに駆け込んで『これは何ですか?』と尋ねました」と、同氏は話しています。
指導教員も「これは極めてまれな行動だ」と考えて、本格的な調査に乗り出しました。

チームは同時期に島中のカメラで収集された大量の画像および映像データを精査。
すると、オマキザルがホエザルの赤ちゃんを運んでいるケースが他に4件特定されました。
そして驚くべきことに、赤ちゃんを運んでいたオマキザルはすべて同一の若いオスだったのです。
そこでチームはそのオス個体を「ジョーカー(Joker)」と名付けました。
ゴールドスボロウ氏は「最初は“養子縁組”かと思いました」と話します。
他種の赤ちゃんを育てる例は、動物界にもいくつか前例があり、2006年には、オマキザルのペアがマーモセットの赤ちゃんを育て上げた事例がありました。
しかし、この解釈には問題があります。
動物の養子縁組は基本的にメスによって行われるものであり、これは赤ちゃんの世話を学ぶためだと考えられているのです。
ところがジョーカーはオスであるにも関わらず、ホエザルの赤ちゃんを頻繁に誘拐する奇妙な行動を見せました。

その後、謎の誘拐行動は一時的に途絶えたかに見えました。
ところがある日、驚くべき光景をチームは目の当たりにすることになります。
ジョーカーの件から約5カ月後に、ホエザルの赤ちゃんを背中に乗せて運んでいるオマキザルが4頭も見つかったのです。
彼らは別々の個体であり、ジョーカーの行動が他の仲間たちにも広まっていることが明らかになりました。
それから15カ月間にわたり、ジョーカーを含む5頭のオスザルたちは、合計11頭のホエザルの赤ちゃんを、それぞれ最長9日間にわたって運んでいる様子が確認されています。
ジョーカーが始めた誘拐が一種の”流行”となっていたのです。
ただ彼らは赤ちゃんを手荒く弄んだり、傷つけたり、食べたりすることはなく、ただ背中に乗せて運ぶだけでした。
しかし赤ちゃんザルの方は、母親から引き離されて母乳が飲めないので、数日後にはほぼ必ず命を落としていたようです。
なぜジョーカーたちは特に利益もなさそうな「誘拐」をしていたのでしょうか?