「愛情」と「過保護」はどう違うのか?
親は誰しも、子どもが幸せに生きてほしいと願っています。
そのために危険を避けさせ、困難に巻き込まれないように助け、正しい道を選ばせようとするのは自然なことかもしれません。
しかし近年の心理学では、こうした「子どもを守る」行動が、度を越えると逆に子どもの精神的な発達や幸福感を損なう可能性があると指摘されています。

「親の愛情」と「親のコントロール」は似ているようでまったく別物です。
とくに親が子どもの判断に過度に介入したり、危険を避けさせようとしすぎると、子どもは自分で考える機会を失う恐れがあり、その影響は近年の心理学における重要な問いとなっています。
このような問題意識のもと、研究チームは、親の愛情や過保護といった育児スタイルが、成人した子どもの感情や主観的な幸福感にどのように関連しているかを調査しました。
研究チームは、過去にも多くの研究で使われてきた「親子関係尺度(Parental Bonding Instrument:PBI)」を用いて、親の行動を二つの軸で測定しました。
一つは「ケア(Care)」と呼ばれる尺度で、子どもへの思いやりや共感、支援的な態度を示します。これは一般的に子どもにポジティブな影響をもたらします。
もう一つが「過保護(Overprotection)」です。これは、子どもの行動を過度に管理したり、危険を避けるように強く干渉したりするような態度を指します。
研究チームは、この「ケア(思いやり)」と「過保護」の二つが、成人後の感情と人生満足度にどう関係しているのかを調べました。
調査の対象は、イタリアに住む若年成人369人(平均年齢22歳)です。彼らに、親の関わり方に関する質問、現在の不安や怒りの感じやすさ、そして人生の満足度についての自己評価を尋ね、統計的な分析を行いました。
研究の目的は、「親の過保護な関わりが、どのような感情を通して、子どもの主観的な幸福感に影響を与えるのか」というメカニズムを明らかにすることでした。
過保護な親は、子どもの「不安」と「怒り」を増加させ人生満足度を低下させる
心理学では、親の「ケア(Care)」と「過保護(Overprotection)」は明確に区別されてきました。
ケアとは、子どもの感情に共感し、支援しながらも自立を尊重する関わりを指します。たとえば、子どもが困っているときに寄り添いながら、どう解決するかを一緒に考える姿勢や、自分の意見をもったうえで子どもの判断を尊重する態度などです。
一方で、過保護とは、子どもの行動を先回りして制限したり、自分で判断・選択する機会を奪ってしまうような干渉的な関わりを指します。これは、たとえば「そんなことをしたら危ないからやめなさい」と頻繁に遮ったり、「親の言う通りにしなさい」と指示ばかり出すような態度です。
両者はともに「子どもを思う気持ち」から生じる行動であることが多いのですが、自律性の尊重があるかどうかが、大きな違いです。
今回の研究では、親のケアが高いほど、子どもは怒りの感情をうまくコントロールでき、人生満足度も高くなることが明らかになりました。
一方で、親が過保護な場合、子どもは不安感が高まり、感情制御が困難になりがちで、小さなきっかけでイライラしたり、感情的に反応してしまう傾向が高まりました。これは、感情の調整力が十分に育っていないことに由来すると考えられます。
結果として子どもは人生満足度の低下へとつながっていく傾向が示されました。

親の過保護は、子どもに「自分の感情をどう扱えばいいのか」を学ぶ機会を奪い、同時に「自分で決めた」「乗り越えた」という経験の不足によって、不安に対処する力も育ちにくくなると考えられます。
過保護に育てられた人の中には、何かを決めるときに「これでいいのか」「誰かの承認が必要ではないか」と感じてしまう人がいます。これは、常に親の判断を基準にして育ってきたため、自分の決断に自信が持てなくなっている状態といえます。
その結果、自分の人生を自分で選ぶという感覚──心理学では「自己決定感(sense of autonomy)」と呼ばれるもの──が育ちにくくなり、結果として人生に対する満足度も低くなってしまうのです。
過保護を「やさしさ」と思い込まない
この研究は、「親のやさしさ」と「親のコントロール」はまったく別物であることを明確に示しています。
とくにこの研究では母親の過保護の影響が大きい傾向が示されました。これは、多くの文化で母親が育児の中心になっていることと関係している可能性があります。
過保護に育てられた人の中には、親の期待に応えようとするあまり、自分の気持ちを後回しにしてきた経験があるかもしれません。その結果、何をしたいのかがわからなくなったり、自分で決めることに強い不安を感じたりするようになることがあります。
今回の研究結果は、こうした悩みを抱える人にとって、「その不安や迷いは自身の能力の不足などではなく、育ちの中で身についたパターン」でしかない可能性を示すものです。
心理学では、こうした「自分で決める力」を失ってしまった人へのアドバイスも示されています。
まずは、日々の小さな選択を「自分で選ぶ」ことから始めることが効果的です。たとえば、今日着る服を自分の好みで決める、ランチを自分の意志で選ぶ。こうした些細な判断の積み重ねが、「自分で選んだ」「自分で動いた」という実感を育て、自信を取り戻す足がかりになります。
また、感情が大きく揺れたときには、その感情を無理に抑え込んだり否定するのではなく、「なぜこんなに不安になるのか?」「なぜこんなにイライラするのか?」と、自分に問いかけてみることが大切です。
たとえば、「この状況で失敗したら誰かに怒られる気がして怖い」と思ったなら、それが親の反応に由来している可能性に気づけるかもしれません。そうやって感情の背景を見つめ直すことが、自分自身の思考パターンに気づく手がかりになります。
この研究が示すのは、誰かにコントロールされて生きるのではなく、「自分の人生は自分で選ぶ」という感覚を取り戻していくことが、人生の満足感を高めるための第一歩になるということなのです。
親は、何の責任も負わないのにいちいち口出ししてくるからどうしょうもない。