人間そっくりな「心の振る舞い」をするAIが完成

果たしてケンタウルは、人間そっくりの行動を身につけることができたのでしょうか?
その答えを得るため、研究者たちはまず膨大な量の「人間が実際に下した意思決定のデータ」を集めるところから研究をスタートしました。
彼らは「Psych-101」という名の前例のないほど巨大なデータセットを作り上げました。
このPsych-101には、世界中で行われた心理学の代表的な実験160種類分のデータが詰まっています。
そこには、参加した人々が実際に実験の中で選んだ行動や決定が、1000万件以上も記録されています。
実験の内容は、例えば「2つのスロットマシンのどちらを選ぶか」や「2つの宝くじのどちらを選択するか」といった単純なものから、より複雑な問題解決や論理的なパズルに至るまで様々でした。
しかし、単にデータをAIに与えるだけでは、人間らしい振る舞いを学ばせることはできません。
そこで研究チームは、実験の状況やルール、参加者が置かれたシナリオを全て自然な文章の形で丁寧に書き起こしました。
これによりAIは、まるで小説や脚本を読むように各シナリオの状況を理解し、その中で参加者がどのような決断を下したかを詳しく学習することが可能になりました。
さらに、AIモデルのベースにはMeta社が開発した最新鋭の巨大言語モデル「Llama」が用いられました。
研究者はこのLlamaという言語理解力に優れたAIを「心理学的にチューニング(ファインチューニング)」することで、人間らしさを備えたAI「ケンタウル」を誕生させることに成功したのです。
ケンタウルが完成した後、実際にどれくらい人間のように振る舞えるのかを調べるため、いくつものテストが行われました。
その結果、ケンタウルは非常に優れた成果を示しました。
①とにかく人間に似た選択をする:専門的な心理学理論をもとに開発された従来の予測モデルと比較すると、ケンタウルの精度の高さは明らかでした。32種類のテスト課題が行われましたが、ケンタウルはそのうちたった1つを除く全ての課題で、専門の心理学モデルよりも高い精度で人間の行動を予測したのです。これは特定の問題に特化した専門モデルよりも、多くの状況から学んだケンタウルのような汎用モデルの方が、人間の行動をよりよく理解できる可能性を示しています。
②間違えもより人間らしい:また興味深いのは、ケンタウルが「人間らしい誤り」さえ模倣したという点です。言語タスクのベンチマークテストでは、元になったAIモデル(Llama)よりも、人間が陥りがちな「間違った答え」や「ウソを信じてしまう傾向」まで忠実に再現しました。完璧に正解を出すAIではなく、人間がつい犯してしまう誤りまで含めて模倣することは、人間らしさという観点で非常に重要な要素でしょう。
③新しい状況でも人間っぽい選択をする:またケンタウルは、今まで一度も経験したことがない未知の課題に対しても、人間に近い柔軟な対応力を示しました。例えば、ある課題で「宇宙船で宝探しをする」という設定を「魔法の絨毯に乗って冒険する」という全く別のシナリオに変えても、人間のように行動を予測しました。さらにケンタウルは、論理パズルや複雑な状況においても、人間がどのような選択をするのかを正しく予測することができたのです。これは、ケンタウルが単にデータを暗記するだけでなく、人間が持つ意思決定の「本質」や「戦略」のようなものを理解し始めている可能性を示しています。
④考えたり決断する時間まで人間と似ている:さらに驚いたことに、ケンタウルは人間が実際に「考える過程」まで再現しました。具体的には、人間がある決定を下すまでに「どれくらい迷ったか」ということを示す「反応時間」まで、ミリ秒単位の精度で正確に予測できたのです。人間がある決定を下すまでにどれだけ迷うかということまでシミュレーションできる点は、人間の心理を理解する上で非常に貴重な示唆を与えます。
⑤人間の脳活動すら予測できる:何より衝撃的だったのが、脳活動(fMRI計測)との驚くべき一致です。研究ではケンタウルの内部で行われている情報処理と人間の脳の活動パターンがどのくらい似ているかを検証するため、実際の人間の脳活動データ(fMRIによる脳スキャンデータ)とケンタウルの内部状態を比較する実験が行われました。するとケンタウルは脳のデータを直接学習していないにもかかわらず、実際の人間が行動や意思決定を行う際の脳活動パターンを高精度で予測しました。つまり、人間とAIがそれぞれ独立して「最も効率的な意思決定プロセス」という同じ答えに辿り着いている可能性を示しています。人間の脳の働きの理解を深める上でも、非常に重要な結果です。
一方で、ケンタウルが人間の能力をはるかに超える「スーパー人間」的な振る舞いを示した場面もありました。
例えば短期記憶のテストにおいて、一般的な人間は7桁ほどしか正しく覚えることができないのに対し、ケンタウルは256桁もの数字を正確に想起してしまいました。
このことはケンタウルが純粋な人間の模倣にとどまらず、部分的に「超人的な」情報処理能力を持つことを示していますが、同時に人間らしさという面では新たな議論を生み出します。
さらにケンタウルは、ある意思決定課題で、「まず複数の選択肢から評価の高いものを絞り込み、その後、評価が同率なら最も信頼できる専門家の意見に基づいて選択する」という複雑な二段階のハイブリッド戦略を自然に使いこなしました。
これはAI自身がデータから新しく発見した戦略であり、人間が現実に無意識に使っている意思決定プロセスを高精度で再現した結果として注目されました。
以上の結果は多少の違いはあれど「人間の脳とAIの計算が、ある意味で似た原理に収束している」という仮説を裏付けるものであり、私たちの脳の謎を解き明かす手掛かりになるかもしれません。
しかし、本当にAIが「人間のように思考する」ことが可能だと言い切れるのでしょうか?