78歳の脳にも新しい神経細胞

では、研究チームはどのような方法を使って、今まで見つけられなかった「神経前駆細胞」を見つけ出したのでしょうか。
謎を解明するため、研究者たちはまず、幅広い年齢の人々(0歳の赤ちゃんから78歳の高齢者まで)の脳組織を世界各国の研究機関から入手しました。
脳の中でも特に「海馬」という記憶や学習に深く関わる領域を中心に調査を行うことにしました。
しかし、人間の脳は何十億もの細胞で構成されており、神経前駆細胞をその中から見つけるのは、例えるなら砂漠の中の一粒の砂を探すような作業です。
そこでチームが活用したのが、最新の「単一細胞RNA解析」という手法でした。
これは、膨大な数の細胞を1つずつ詳しく調べ、その細胞がどのような遺伝子を使って活動しているかを明らかにすることができる方法です。
また、より確実に細胞を見つけ出すために、チームは人工知能(AI)の力を借りることにしました。
まず、幼い子どもの脳で神経前駆細胞を調べ、「神経前駆細胞はどのような遺伝子パターンを持っているのか?」をAIに学習させました。
このAIは、いわば神経前駆細胞を「見分ける目」を持ったことになります。
そして、このAIを使って大人の脳組織を解析し、神経前駆細胞が大人の脳にも存在するかどうかを確かめました。
解析の結果、研究者たちの予想通り、成人や高齢者の脳にも「神経前駆細胞」が存在していることがわかりました。
これまで「新しい神経細胞は見つからない」とされていた成人の脳でも、実際には非常に数は少ないものの、明確に存在が確認されたのです。
さらにチームは、「見つかった神経前駆細胞はどこで活動しているのか?」を調べました。
そのために利用したのが、「RNAscope」や「Xenium」といった遺伝子の位置を組織内で可視化する最新の顕微鏡技術です。
この解析により、新しく見つかった神経前駆細胞は海馬の中の「歯状回(しじょうかい、英語名デンテートジャイラス)」という特定のエリアに集中していることがわかりました。
歯状回は、まさに記憶や学習に深く関わる領域で、新しい神経細胞が生まれる「ゆりかご」のような場所だと知られています。
また、調査を進めるうちにさらに興味深い事実も判明しました。
神経前駆細胞の数や新しい神経細胞がどれくらい生まれているかは、人によってかなり大きな差があったのです。
同じ年代でも新しい神経細胞が豊富に見つかる人もいれば、まったく見つからない人もいました。
なぜこうした差が生まれるのかはまだわかっておらず、今後の研究の重要なテーマになりそうです。