大人の脳は本当に再生しないのか?——長年の議論と挑戦

年齢を重ねるにつれて、記憶力や集中力の衰えを感じる人は多いのではないでしょうか。
新しい物事がなかなか覚えられなかったり、昔は簡単だったことが難しくなったりすると、「もう脳が新しい細胞を作らなくなってしまったから仕方ない」と諦めてしまいがちです。
実際、科学の世界でも長い間、「脳は大人になれば新しい神経細胞(ニューロン)を生み出さなくなる」という考えが常識でした。
脳細胞は生まれた後、ある時期を境に数が固定され、それ以降は増えずに減り続けるだけだと考えられてきたのです。
ところが、1990年代以降の動物実験で、この考えを揺るがす結果が次々と報告されました。
マウスなどの哺乳類では、成長した後も脳の中の「海馬」という記憶や学習に関わる領域で新しい神経細胞が生まれ続けていることが明らかになったのです。
この発見は科学者たちに衝撃を与え、人間の脳でも同じように新しい細胞が作られているのではないかという期待を生みました。
2013年にはスウェーデン・カロリンスカ研究所のヨナス・フリセン教授らが、興味深い研究成果を発表しました。
彼らは人間の脳内の細胞がいつ生まれたかを「炭素年代測定」という、まるで考古学のようなユニークな方法で調べたのです。
その結果、大人の脳でも毎日700個ほどの新しいニューロンが生まれている可能性を指摘し、大きな話題を呼びました。
しかし、その後も科学者たちの意見は割れました。
特に2018年に発表された研究では、「人間の大人の脳では、新しい神経細胞は一切見つからなかった」という、真逆の結果が示されました。
一方、2019年の別の研究では、「健康な高齢者の脳には新しい神経細胞が豊富に存在するが、アルツハイマー病の患者ではほとんど見つからない」という報告もなされました。
こうして、「大人の脳に新しい細胞は本当に生まれるのか?」という謎は、未解決のまま大きな議論となっていました。
この議論が長引いた最大の理由は、人間の脳の仕組みを調べる難しさにありました。
人間の脳内で新しい神経細胞が生まれるとしても、その細胞は非常に数が少なく、見つけること自体が難しかったのです。
また、研究に使われる脳の組織サンプルの保存方法などによっても、実験の結果が変わってしまうという難題がありました。
こうした問題を克服し、今回の研究チームがついに発見に成功したのが「神経前駆細胞」という、新しい神経細胞の「種」となる細胞です。
この細胞を見つけることで、今まで不可能だった大人の脳でのニューロン誕生のメカニズムが明らかになる可能性があるのです。
では、研究チームはどのような方法を使って、今まで見つけられなかったこの「神経前駆細胞」を見つけ出したのでしょうか?