布に写っているのは「浅浮き彫りの像」だった?
こうした議論に対して、2025年7月に発表された新たな研究が注目を集めています。
この研究を行ったのは、ブラジルの3Dデザイナーで歴史的顔面復元を専門とするシセロ・モライス(Cicero Moraes)氏です。
彼はオープンソースの3Dモデリングソフトを用い、人体モデルと浅浮き彫り像の2種類を用意し、それぞれに布を仮想的にかぶせて、どのような像が転写されるかを比較検証しました。
その結果、三次元の人体に布をかけた場合、布は立体構造に沿って変形し、転写される画像は幅広く歪んだものになりました。
これは「アガメムノンのマスク効果」と呼ばれる現象で、3Dの物体を平面に押しつけたときに生じる特徴的な歪みです。
一方で、浅浮き彫り(低浮彫)の像に布をかけた場合、布は接触部分にだけ像を転写し、布に現れる画像は歪みが少なく、まるでコピー機で写したような自然な印象となりました。
この浅浮き彫りモデルによって得られた印影は、1931年に撮影された聖骸布の写真と非常によく一致していたのです。

モライス氏は「聖骸布に見られる画像は、浅浮き彫りの像に布をかけたときに得られる接触パターンときわめて近い」と結論づけ、「これは3Dの人体ではなく、木、石、あるいは金属製の彫像をもとにした可能性が高い」と述べています。
この研究は聖骸布の正確な年代や材料を特定するものではありませんが、少なくとも布に写る像が「人間の遺体を包んで自然に生じたものではない」ことを強く示唆しています。
そして中世ヨーロッパにおいては、宗教的な人物を浅浮き彫りで描く技法──たとえば墓碑彫刻──が広く用いられていたことからも、聖骸布はそうした文脈で制作された可能性が高まっています。
トリノの聖骸布は、見る者によって「神の証」であり、「歴史の芸術」であり、あるいは「未解決の謎」でもあります。
今回の研究により、「イエスの遺体を包んだものではなく、宗教的意図を持った芸術作品だった可能性」が改めて示されました。
とはいえ、その神秘的な存在感と長い歴史が、人々の心に訴えかけてくることに変わりはありません。
科学は、布の真偽を明らかにする手がかりを一つひとつ積み上げていきます。
しかし最後にそれをどう捉えるかは、私たち自身の信仰、想像力、そして好奇心に委ねられているのかもしれません。