腕に彫られた精巧な図柄

シベリア・アルタイ山脈に眠るパジリク文化の墓から発掘されたこの女性ミイラは、死後2300年を経てなお、肌にタトゥーの痕跡をとどめていました。
パジリク文化は、スキタイ世界に属する遊牧民文化で、精巧な馬具や武器、そして動物をモチーフとした美術で知られています。
これまで彼女のタトゥーは、黒ずんだ皮膚や乾燥によってほとんど確認できませんでした。
しかし今回、研究チームは近赤外線を用いた高解像度撮影と3Dフォトグラメトリを駆使し、肌の奥に残されたインクの痕跡を視覚化することに成功したのです。
とくに明瞭に確認されたのが、両前腕と両手に施された複数の図柄でした。

右前腕には、二頭の草食動物がトラ2頭とヒョウに襲われる、壮絶な「命の攻防」が描かれていました。
左前腕にはグリフォン風の怪物が角のある獣に飛びかかる場面、そして両手には鳥や花、十字、魚のような文様が並んでいました。
これらのタトゥーはすべて「手彫り(hand-poking)」で施されており、線の太さから複数の道具が使われていたことがわかりました。

太い線は複数の針を束ねた道具で描かれ、細い線や仕上げには単一針の道具が使われていたのです。
また線が重なっている箇所からは、彫り師が一度作業を止め、体勢やインクを調整して再開していたことも推測されました。
これはまさに、2300年前の「作業のリズム」が肌に残されていた証といえるでしょう。