上からのトップダウン型命令で視覚野に錯覚がうまれる

今回の発見により、「見る」という行為の本質が一段とクリアになりました。
私たちの脳はカメラのように入ってきた映像をそのまま受け取るのではなく、V1の特定の細胞が“足りない情報”を描き足すという仕組みが因果的に示され、能動的に知覚を作り出すという考え方が裏付けられました。
ある意味で、脳は過去の経験に基づいた予測を下位の視覚野に送り込み、欠けた情報を埋めていると言えるでしょう。
私たちの脳は単なる受信機でもカメラでもなく、自ら積極的に像を補完する能動的な描画装置なのかもしれません。
実際、研究者たちは視覚は外界から受け取った情報をそのまま映す受け身の仕組みではなく、脳内で行われる複雑な計算によって積極的に現実を解釈・構築する仕組みだという見方を示しています。
カメラが光景をそのまま写すのとは対照的に、脳の“モニター”には過去の経験に基づく予測や補完が上乗せされたイメージが映し出されている──そんな新たな視点を、本研究はデータで裏付けたのです。
見えている世界は、脳が自前のペンで描き足したラインによって輪郭づけられているのかもしれません。
脳内の錯覚生成メカニズムを解明したことは、神経科学の基礎を前進させただけでなく、将来的な医療やテクノロジーにも影響を与える可能性があります。
例えば統合失調症などの精神疾患では、脳内に実在しない「像」や「声」が突然現れる幻覚症状が知られています。
今回発見されたICエンコーダー細胞の異常活動と幻覚症状との関連はまだ十分に検証されておらず、人間の脳でも同じ仕組みが働いているかどうかを確かめる必要があります。
実際、研究に参加したアレン研究所のJerome Lecoq博士も、脳内でランダムに現れる異常なイメージに関係する細胞や脳の仕組みを特定することが、疾患を理解する上で役立つだろうと説明しています。
また、光刺激によって誘発された「見えない線」がマウス自身にどんな主観をもたらしたのか(あるいは全く何も感じなかったのか)も分かりません。
著者らは、実際にマウスが錯覚を「見ているか」どうかを確認するためには、行動を観察する実験が必要だと指摘しています。
それでも本研究は光遺伝学とブレインプローブ技術を駆使して「知覚の根源」に迫った快挙と言えます。
特筆すべきは、アレン研究所の「OpenScope」というオープンサイエンス計画のもとで、他機関の研究者が最先端設備を活用して成果を上げた点です。
OpenScopeでは、今回得られたデータを外部の研究者と共有し、科学コミュニティ全体で活用していく方針が示されています。
このように大規模な共同研究によって得られたデータは今後再現性の検証やさらなる解析が進むでしょう。