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Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部
history archeology

始皇帝が「不老不死の薬」を求めて錬金術師をチベットに派遣した話、裏付ける碑文を発見

2025.09.23 12:00:23 Tuesday

中国を初めて統一した秦の始皇帝(BC259〜BC210)が「不老不死の薬」を求めて錬金術師をチベットへ送り出していた。

そんな伝承を裏付ける碑文が、標高4300メートルのチベット高地で見つかったと報告されました。

黄河の源流に近い青海(ちんはい)省・扎陵湖(ザリン湖)北岸の岩壁に、秦代の書体である「小篆(しょうてん)」で遠征の目的と行程が刻まれていたのです。

中国の研究チームは現地調査と理化学分析の末に「真作」と結論づけましたが、学界にはまだ慎重論も残っています。

神話と歴史の境界に光を当てる新発見として注目を集めています。

China’s First Emperor Sent A Bunch Of Alchemists To Find The Elixir Of Immortality https://www.iflscience.com/chinas-first-emperor-sent-a-bunch-of-alchemists-to-find-the-elixir-of-immortality-80895 China’s first emperor really did send quest to Tibet in search of immortality: scientists https://www.scmp.com/news/china/science/article/3325766/chinas-first-emperor-really-did-send-quest-tibet-search-immortality-scientists 实证古代“昆仑”的地理位置 https://news.gmw.cn/2025-06/08/content_38076328.htm

標高4300mの岩壁に残された「不老長寿」探索の足跡

碑文が見つかったのは、黄河源流域で最大級の淡水湖であるザリン湖の北岸の岩壁です。

文字は右から左、上から下に並ぶ秦代に使われた小篆(しょうてん)で、読み下すと「皇帝は五大夫の臣・翳に命じ、方士を率いて車で昆仑へ赴き、薬(姚)を採らせた」といった内容になります。

ここでの「方士」は「錬金術師」のことを指し、「姚(よう)」は薬草や鉱物などの治療資源を指す語ですが、文脈上「不老不死の霊薬」を意味すると解釈できるといいます。

【碑文や調査地の画像はこちらに掲載してあります】

碑文には、到着の月日と移動距離も記されており、発見地点から「前方百五十里」とあります。

秦代の一里は、現在の約416メートルに相当するため、およそ62キロ先が最終目的地だったと見積もられます。

ザリン湖から西へ進むと、泉が星のように散在することから名づけられた「星宿海(シンスーハイ)」と呼ばれる湿地・湖沼群が広がり、古来ここが黄河の源とされてきました。

古代の地理観で「河は昆仑(こんろん※)から出ず」と記された伝承と、今回の碑文の方角・距離感が符合する点は大きな手がかりです。

(※ 昆仑は、中国古代の伝説や地理書に登場する神話的な山の名前。実際には、中国西部からチベットにかけて広がる山系「崑崙山脈=こんろんさんみゃく」を指すと理解されることが多い)

年代の読み取りについては、碑文の干支と「廿六年(26年)」と読む解釈が提示されており、これを秦暦に当てはめると統一の年(紀元前221年)3月の到着と整合します。

一方で、報道の中には「三十七年(37年)」とする読みを紹介するものもあり、年次表記はなお検討が続いています。

いずれにしても、始皇帝の在位中に昆仑方面への「薬採り」遠征が行われたという核心部分は、刻文から明確に読み取れます。

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