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後天的な運動訓練の成果が父から子に遺伝していたと判明! (2/3)

2025.10.27 18:00:51 Monday

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運動訓練の成果は遺伝する――父マウスの努力が子に伝わった理由

運動訓練の成果は遺伝する――父マウスの努力が子に伝わった理由
運動訓練の成果は遺伝する――父マウスの努力が子に伝わった理由 / Credit:Canva

「父が走ると子も走れるようになる」――そんな話を聞けば、多くの人は都市伝説だと思うでしょう。

けれどマウスの実験では、まさにそれが現実になりました。

研究チームはまず、オスのマウスを2組に分けました。

片方のグループには毎日トレッドミル(ランニングマシン)で走る“トレーニング生活”を、もう片方には走らない“のんびり生活”を送らせました。

どちらのグループも同じ食事と環境で育て、違うのは「走ったかどうか」だけです。

しばらくして、両方のグループのオスを普通のメスと交配させ、そこから生まれた子(F1世代)を観察しました。

子マウス自身には特別な運動は一切させず、父親の影響だけが出るようにしたのです。

そして結果を見て研究者たちは驚きました。

運動していた父から生まれた子は、運動していなかった父の子に比べて、明らかに引き締まった体つきでした。

体を測ると筋肉の重さが多く、脂肪が少なく、骨の密度まで高い――まさに「生まれつき鍛えたような体」だったのです。

持久力のテストではその差がさらに明確になりました。

運動した父の子は、走る時間も距離もずっと長く、途中でバテにくい。

さらに“握力テスト”にあたる逆さ掴まり試験では、ぶら下がったままの時間が長く、運動後の血中乳酸(疲労の目安)も低下していました。

走り切ってもまだ余力が残っている――そんな姿はまるで、トレーニングを積んだアスリートのようです。

さらに驚くのは、この違いが「一度の遺伝子変異」では説明できないことです。

父親のDNAそのものは変わっていません。

にもかかわらず、子どもたちの体は確かに違っていたのです。

では、どうして「父が走った」という情報が、DNAを変えることなく子どもの体に伝わったのでしょうか。

研究者たちはまず、精子の中にその答えがあると考えました。

精子はDNAを運ぶのが主な役割ですが、それだけではありません。

小さなRNA(マイクロRNA)という特殊な分子も精子に入っています。

この小さなRNAは遺伝子そのものではなく、遺伝子が働くのを調節する役割を持つ、いわば遺伝子の「監督役」のようなものです。

実はこの小さなRNAは、精子がつくられるときに父親の経験や生活習慣によって変化することがわかってきています。

つまり、父親が運動すると、その情報が「マイクロRNAの変化」という形で精子に書き込まれることがマウスで確かめられました。

そこで研究チームは、父マウスの精子からこのマイクロRNAを取り出し、それを別の受精卵に直接注入しました。

受精卵はそのまま代理の母マウスに戻され、生まれた子は通常通り育てられました。

父親も母親も運動経験はないのに、「父親が運動した」という情報が精子から取り出されたRNAを通じて人工的に子に伝えられたのです。

そして驚くべきことに、この方法で生まれた子どもたちは、運動父の子どもとほぼ同じような持久力や代謝の良さを示しました。

まるで精子から受け継いだ「父の運動メモ」が、体を強化する指令を子どもの細胞に伝えていたようでした。

さらに、研究チームはこのRNAが具体的にどんな指令を細胞に与えたのかを詳しく調べました。

すると重要なことが見えてきました。

注目されたのは、精子から運ばれた特定のマイクロRNAが、受精後の胚(赤ちゃんの元になる細胞の集まり)の中で「NCoR1(エヌコアワン)」というタンパク質をつくる遺伝子を抑えていたことです。

このNCoR1というタンパク質は、細胞の中でエネルギーを作るミトコンドリア(細胞の「発電所」)の数を増やしたり、酸素を効率よく使ったりするための司令塔として知られる「PGC-1α(ピー・ジー・シー・ワンアルファ)」というタンパク質の働きを抑えるブレーキのような役割をしています。

つまり、このNCoR1が多いと細胞はエネルギー作りを抑えめにしますが、少なければPGC-1αが活発に働いてエネルギー作りが盛んになるのです。

今回、運動した父マウスの精子がもたらした小さなRNAは、この「NCoR1」というブレーキ役のタンパク質を胚の段階から弱めていたことがわかりました。

その結果、子どもの体ではミトコンドリアが増え、エネルギー作りが活発になり、持久力が高くなるように「設定」が調整されたのです。

さらに研究チームは決定的な実験を行いました。

実際に、父親が運動したことで精子で増えていた小さなRNA(特にmiR-148a-3pというもの)を人工的に作り出し、それを別の受精卵に直接注入して子どもを生ませるという実験をしました。

すると、この小さなRNAを注入された子マウスもまた、まるで運動した父から生まれたかのように持久力が高く、筋肉中のミトコンドリアの数も多くなりました。

こうして、父親の運動経験がDNAではなく精子の小さなRNAという別の経路を通じて子どもに伝わり、子どもの体質を変えることが可能であることがマウスで初めて明確に示されたのです。

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