「傷跡にやたら毛が生えてくる」仕組みを利用した発毛法を発見
「傷跡にやたら毛が生えてくる」仕組みを利用した発毛法を発見 / Credit:Adipocyte lipolysis activates epithelial stem cells for hair regeneration through fatty acid metabolic signaling
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「傷跡にやたら毛が生えてくる」仕組みを利用した発毛法を発見 (2/3)

2025.10.28 22:00:51 Tuesday

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傷跡が妙にフサフサになる仕組みを解剖すると、あるオイルが見えてきた

傷跡が妙にフサフサになる仕組みを解剖すると、あるオイルが見えてきた
傷跡が妙にフサフサになる仕組みを解剖すると、あるオイルが見えてきた / Credit:Canva

ケガのような痛みや腫れを伴わず、毛を生やす仕組みだけをうまく取り出すには、どうすれば良いのでしょうか?

これを確かめるために、研究者たちは段階的に調査を行いました。

まず、マウスの背中の毛を剃ったあと、ごく軽い皮膚刺激を与える実験をしました。

ここで使われたのは「ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)」という化学物質で、これはシャンプーや石鹸など日常品にも使われる界面活性剤の一種ですが、過剰に使用すると炎症を起こすことが知られています。

研究者たちはこの物質を皮膚表面に4日間連日塗布して、軽い皮膚炎を人工的に作り出し、その後の変化をじっくり観察しました。

すると、興味深いことに、皮膚炎が起きた場所で約10日後から新しい毛が伸び始めたのです(通常、その時期のマウスの毛根はお休み中で、毛が新しく伸びる時期ではありません)。

これに対し、まったく刺激を与えなかった部分には何の変化もなく、毛も生えてきませんでした。

この対照実験によって、改めて「軽い炎症が毛を生やすスイッチを押しているらしい」と確認できました。

ただ、この現象だけでは、なぜ炎症が毛を伸ばすのか、その具体的な仕組みがまだわかりません。

そこで次に研究者は、皮膚の奥で起きている現象に注目しました。

皮膚を詳しく調べたところ、炎症が起きた部分では「脂肪細胞」が大きく変化していることが見つかりました。

普段、脂肪細胞はエネルギーを蓄えた小さな袋のようなもので、中には脂肪の粒が詰まっています。

ところが、炎症が起きると、この脂肪細胞の脂肪の粒がみるみる減っていました。

比喩的に言えば、「エネルギーの入ったバッテリーが急激に消費される」状態になっていたわけです。

この現象を「脂肪分解(リポリシス)」といいますが、炎症部位では脂肪細胞が小さく縮み、中にあった脂肪が分解されて油の形で皮膚の周囲に放出されていました。

この脂肪分解は一時的なもので、毛が生え揃う頃にはまた元の状態に戻っていました。

つまり、脂肪細胞は皮膚がピンチの時に、一時的に蓄えている脂肪を周囲の細胞に供給するという「非常用バッテリー」としての役割を果たしていることが示唆されました。

では本当に、この脂肪分解こそが毛を生やす鍵だったのでしょうか?

研究チームは次に、「脂肪を分解できなくしたマウス」を特別に作り出しました。

脂肪を分解できないようにする薬剤や遺伝子操作を用いて、そのマウスに同じ炎症刺激を与えました。

すると驚くことに、脂肪分解をストップされたマウスの皮膚では、毛がまったく生えてこなかったのです。

つまり、脂肪細胞が脂肪を分解してエネルギーを放出すること自体が、「毛を伸ばす」という現象にとって不可欠な仕組みだと判明したわけです。

次に気になるのは、脂肪細胞が脂肪を分解し始める最初のきっかけは何だったか、ということです。

ここで研究者は皮膚の中で炎症に最初に反応する「マクロファージ」という免疫細胞に注目しました。

マクロファージは、普段は体の中を巡回して細菌や異物を食べてくれる「掃除屋」的な存在ですが、今回の実験では、炎症が起きるとすぐに皮膚の中に大量に集まりました。

さらにマクロファージを人工的に除去したところ、脂肪分解も毛の再生もほぼ完全に止まりました。

これにより、マクロファージが脂肪細胞に対し「脂肪を分解せよ」と合図を出していることが確かめられました。

マクロファージから脂肪細胞への具体的な合図として、「SAA3」と呼ばれる特殊なタンパク質が関与していることもわかりました。

SAA3は、脂肪細胞に脂肪を放出させるシグナルを送る物質で、このタンパク質がないマウスでは脂肪分解も毛の再生も起きませんでした。

ここまでの結果を整理すると、皮膚に炎症が起きるとまずマクロファージが集まり、そのマクロファージが脂肪細胞にSAA3という合図を送り、脂肪が分解され、その結果として毛の再生が引き起こされるという仕組みが判明したわけです。

さらに研究チームは、毛根が受け取る合図をもっと安全で手軽に再現する方法を考えました。

ここで注目されたのが脂肪細胞が分解して放出する脂肪酸の中でも「オレイン酸」などの一価不飽和脂肪酸(オリーブオイルなどに含まれる油)でした。

実際、この脂肪酸をマウスの皮膚に塗ると、炎症を起こさなくても毛が伸びることが確認されました。

まるで「炎症による発毛効果」の美味しいところだけを安全に取り出した「偽の炎症シグナル」を外から与えているようなものです。

こうして研究者たちは、痛みや腫れを起こさずに毛を伸ばす仕組みをマウスで証明し、新しい育毛アプローチへの可能性を示しました。

傷跡からやたら毛が生える仕組みをとことん解明し尽くした結果、反応開始の最初のドミノが「オイルを塗る」という非常に簡単なものでした。

結果を知ったあとから見れば、ごく簡単に見えますが、それは生物学的メカニズムを解剖し尽くしたことで初めて得られた成果と言えます。

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