米粒より小さな、夜明けの角

転機は、意外なところから訪れました。
研究者たちが見ていたのは、中国・陝西省の約5億2000万年前の地層から採れた、ごく小さな化石でした。岩を酢酸で溶かし、溶け残った粒を顕微鏡の下でひとつずつ拾い集めたものです。
正直に言えば、彼らは最初、この化石を頭足類だとは思っていませんでした。外見が、同じ時代にうようよいた別の動物の殻とそっくりだったからです。
気づかせてくれたのは、壊れた標本でした。
割れた断面から、見慣れない管のようなものが覗いていたのです。まさかと思って無傷の標本を、中身を輪切りにして立体で見る装置(マイクロCT)にかけてみました。
CTにかけた標本には、いずれも同じものがありました。
仕切りで区切られた空き部屋が並び、その脇を、節に分かれた一本の管が全長にわたって走っている。オウムガイの殻を極限まで小さくしたような構造が、そこにありました。
殻の長さは1.5〜4.4ミリメートル。米粒より小さく、手のひらに乗せても気づかないサイズです。
研究チームはこれを、部屋どうしをつなぐ細い管のいちばん原始的な姿だと考え、エオケラスと名づけました。ギリシャ語で「夜明けの角」という意味です。装置の始まりに立ち会った生きものにふさわしい名前でした。
ところが、その管をよく見ると、後の時代の頭足類とは決定的に違う点がありました。
空き部屋を仕切る壁に、穴が開いていなかったのです。
オウムガイやアンモナイトでは、管は壁を突き破って向こう側へ通り抜けています。串団子の串のように、部屋という部屋を貫いている。だからこそ水がスムーズに行き来し、好きな深さに留まることができます。
しかしエオケラスの管は、壁のところでいったん途切れ、部屋ごとに閉じた節になっていました。串団子でいえば、団子と団子のあいだで串が切れている状態です。
部屋がある。管もある。なのに、穴だけがない。
これが、この化石の最大の発見でした。

これまで有力とされてきたのは「穴が先」という説でした。まず壁に穴が開き、その穴を通って体の組織が後ろの部屋へにゅっと伸びていき、それが管になった ── という筋書きです。
ところがエオケラスは、その常識をひっくり返しました。管のほうが先にでき、壁に穴が開いたのは、ずっと後の時代だったことになります。順番は、これまで考えられてきたのと真逆だったのです。
論文はこの点について、「反証する」という強い言葉を使っています。慎重な表現を好むこの分野では、なかなか見ない断定です。
では、水はどうやって動いたのか。
研究者たちの答えは、肉眼ではとても見えないサイズにありました。
壁と管のあいだには、髪の毛の太さの15分の1ほどしかない極細の通路が走っていたのです。穴を開けてどっと流すのではなく、細い抜け道でちびちび通す。
さらに研究チームが仕切りを取り出して強い光にかざしたところ、中央部分が透けて見えました。あまりに薄いため、障子紙越しに水がにじむように、液体が自然としみ出していたのではないか ── 著者らはそう考えています。
要するにエオケラスの浮力調節は、後の時代のように管が壁を串刺しにする豪快なものではなく、極細の抜け道と薄い膜だけに頼った、まどろっこしい試作品だったのです。
今回の発見をもとに、研究チームは装置が組み上がった順序を三つの段階として提案しました。工事の手順書のようなものです。
第1段階 ── まっすぐな殻の中に、部屋を仕切る壁ができる。生きものは殻の入り口のほうへ前進しながら成長し、通り過ぎた後ろの空間に次々と壁を作って部屋を閉じていきます。
第2段階 ── 閉じた部屋どうしを、一本の管がつなぐようになる。ただし壁はまだ塞がったまま。
第3段階 ── 管が壁を貫通し、本来の装置が完成する。
アンモナイトも、絶滅したベレムナイトも、そして今も生きているオウムガイも、全員がこの第3段階の装置を受け継ぎました。
そしてエオケラスがいるのは、ちょうど2段目です。
これまで空白だった「途中の姿」が、実物として初めて手元にやってきたことになります。
数字の面でも、この発見には意味がありました。これまでの最古の記録は4億9000万年前。エオケラスは5億2000万年前。一気に約3000万年、記録がさかのぼりました。
遺伝子から逆算された枝分かれの時期は、カンブリア紀の前期。化石の記録は長らくそこに届いていませんでしたが、今回その差の大部分が埋まったことになります。
これは単に古い化石が見つかったという話ではありません。
頭足類は、カンブリア爆発という生きものの大増殖に遅れて参加した後発組ではなく、最初からその一員だった。今回の発見は、その見方を強く後押しするものです。






























