それはもともと泳ぐための進化ではなかった

最後に、いちばん奇妙な事実に戻りましょう。
浮くための装置を世界で最初に手に入れたエオケラスは、おそらく泳いでいませんでした。
体が小さすぎること、水をやりとりする仕組みが原始的すぎること、殻の壁が体のわりに厚いこと。これらの理由から、研究チームはエオケラスが生涯のほとんどを海底で過ごしていたとみています。
では、泳がないのなら、なぜそんな装置を持っていたのでしょうか。
答えは、順番にありました。あの部屋は、浮きを作ろうとしてできたものではなかったのです。
論文によれば、エオケラスは殻の入り口のほうへ前進しながら成長し、通り過ぎた後ろの空間を次々と壁で閉じていきました。部屋とは、使わなくなった後ろの空間を始末した跡だったわけです。閉じた空間に気体がたまり、殻が軽くなったのは、いわばそのおまけでした。
管もまた、はじめから設計されたものではないようです。体が殻の入り口のほうへ移動しても、奥の古い部屋とのつながりは、細い管一本を残して保たれていました。前へ進みながらも、通ってきた部屋と縁を切らずにおく——その名残が、後に浮きを操るリモコンへと育っていくことになります。
それでも、軽くなることには意味がありました。浮くか沈むかは、二択ではありません。殻が軽くなれば、海底を這うのも、柔らかい泥に沈まずにいるのも楽になります。
研究者たちも「ある程度は自らの浮力を調節できた可能性がある」と述べています。
泳ぐために浮きを作ったのではない。別の理由でできた浮きが、はるか後の時代に、泳ぐ力として使い直された。
装置は先にできあがり、それを活かせる体は、何千万年もあとからやってきた。進化とは、往々にしてそういうものなのかもしれません。
もっとも、今回見つかったのは殻の化石だけです。腕も、目も、筋肉も、軟らかい体は一片も残っていません。何本の腕があったのかさえ不明で、復元図に描かれた体の部分は、あくまで想像です。
論文は、この先を明らかにするにはカンブリア紀の化石がもっと必要だと述べています。
この時代の「小さな殻の化石」は、世界中の地層から膨大に採取され、博物館の引き出しに眠っています。すでに別の名前をつけられて棚に並んでいる標本の中に、同じ仲間が紛れている可能性があるというのです。
5億年後にダイオウイカとタコを生む系譜としては、ずいぶんと控えめな出発点でした。
次の「夜明けの角」は、発掘現場ではなく、博物館の引き出しの中で見つかるのかもしれません。






























