修行や薬なしで「神秘体験」は起こせるのか

心理学者たちは神秘体験を、宇宙と深くつながる感覚、時間や空間の感じ方の変化、そして強い前向きな感情をともなう心の出来事だと考えています。
さらに、ふつうの言葉ではうまく言い表せないことも、大きな特徴とされてきました。
その後の研究者たちは、「自分は独立した一人の人間だ」という感覚がとけ、存在するすべてと一つになったように感じる状態を重視しました。
こうした状態は日常の中でふと起こることもありますが、実験室で狙って起こすのは長いあいだ難しいとされてきました。
ふつうの瞑想や断食、催眠で完全な神秘体験にたどり着ける人は、ごく一部にとどまるからです。
そのため最近の研究は、幻覚剤に大きく頼ってきました。
そんな中、ここ数年で、没入型のVR(映像の世界に入り込んだように感じられる仕組み)が、従来の心理的な方法より高い割合でこうした体験を起こす場合があると分かってきました。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(空飛ぶVR体験をすると「高所恐怖症」が改善された!)
そこで研究チームが確かめたかったのは、VRで神秘体験を起こすには空想的で不思議な映像が必要なのか、それともリアルな自然の中で呼吸の瞑想をするだけで十分なのか、という点です。
修行も薬も使わずに、ゴーグル1つで人は「世界と一つになる感覚」へたどり着けるのでしょうか。
ゴーグルと普通の画面、同じ映像で心はどう変わる?

実験に参加したのは80人の若い大人たちで、2つのグループに分けられました。
どちらのグループも、島や海の中といった自然の世界を立体的に動き回れる「Nature Treks: Together」というソフトの中で体験をしました。
この世界では、利用者は体のない精霊のような姿になり、部族風の仮面と手袋を身につけて、ふわふわと漂います。
1つ目のグループが聞いたのは、空想の世界へ案内する語りです。
前半の5分は小道を歩くような昼間のふつうの場面ですが、後半は夜に変わり、たき火から動物の精霊が現れたり、空にブラックホールが見えたりする不思議な場面へと進みます。
もう1つのグループは、こうした魔法のような要素の代わりに、体の内側の感覚に意識を向ける、呼吸を中心にした一般的な瞑想の案内を聞きました。
そして全員が同じ体験を、一度はVRゴーグルで、一度は普通のパソコン画面で行い、どちらを先にするかは人によって入れ替えました。
ゴーグルでは首を回して周りを見渡せましたが、画面では目を開けたまま正面を向いて見続けました。
これまでの研究は体験の後に気持ちを尋ねるだけだったため、今回は体験中の脳と体の変化も記録しました。
おでこと耳の後ろに付けたセンサーで脳波(脳の電気的な活動)を、胸のベルトで心拍数と心拍のゆらぎを測ったのです。
さらに毎回の体験の後には、気分や、映像の世界に本当にいるように感じたか、神秘的な感覚がどれほど強かったかについて、たくさんの質問に答えてもらいました。
「完全な神秘体験」と数えられるには、一体感、時間や空間を超えた感覚、強い前向きな気分、言葉にできなさの4つすべてで、最高点の60%以上をとる必要がありました。
ゴーグルの中でだけ届いた「完全な神秘体験」

その結果、見る道具の違いで、人々の反応は大きく変わりました。
VRゴーグルを使った時には、空想の語りのグループで28%、呼吸の瞑想のグループで18%の人が、完全な神秘体験をしたと答えたのです。
一方で、まったく同じ映像と音声をパソコン画面で見た時には、完全な神秘体験に届いた人は1人もいませんでした。
空想の語りの方が数字は高めでしたが、リアルな自然の中での呼吸の瞑想でも、ゴーグルを通せば神秘体験に届く人がいたことになります。
VRでは、畏敬(圧倒されるような敬いの気持ち)、安らぎ、興味、美しさを感じる気持ちも、より強く報告されました。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(VRでの性転換体験により、人間の「心の性別」は簡単に揺らいでしまう!)
また、自分の体ごと映像の世界の中にいて、その時間をいま本当に過ごしているという感覚も、ずっと強くなっていました。
反対に、普通の画面で見た時の方が、退屈さや疲れが強く報告されていました。
神秘体験は、ふつう深い修行や幻覚剤と結び付けて考えられています。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(VR「幻覚剤」体験により、認知の柔軟性・創造性が高まる可能性)
しかし今回の実験は、周りを包みこむ映像という「見え方」の違いだけで、その扉に近づける人がいることを示唆しています。
同じ景色でも、画面の外から眺めるのか、その中に入り込むのかで、心の動き方はまるで変わるのかもしれません。
次にVRゴーグルをかぶった家族が天井を見上げて固まっていても、宇宙と一つになっている最中かもしれないので、そっとしておいてあげましょう。






















神秘体験の定義が甘々で単に環境の違いによる没入体験の強度の比較になってると思う