王墓を囲む数百の墓と「見つからない傷」

舞台は、古代エジプトの聖地アビドスにある王家の墓地「ウンム・エル=カアブ」です。
ここには、上エジプトと下エジプトが1つの王国にまとまった直後の「第1王朝」(紀元前3078〜2900年ごろ)の王たちが眠っています。
今回調べられたのは、ジェル王とジェト王、そして一時期エジプトを治めたとみられる女性メルネイトの墓のそばに葬られた人々です。
20世紀のはじめに発掘したイギリスの考古学者フリンダーズ・ピートリーは、王墓のまわりで数百もの墓を見つけました。
墓石には「印章を持つ者」などの肩書きを刻んだものがあり、その多くは下から中くらいの位の役人や職人のものでした。
そこでピートリーは、彼らが王の死後もあの世で仕えるために殺されたのだと考えたのです。
ただ、ピートリー自身も骨に命を奪うほどの傷を確認できず、その後の研究者は「生贄はあった派」と「なかった派」に分かれてしまいました。
ピートリーは骨の大半を埋め戻しましたが、46人分の頭骨は英ケンブリッジ大学に保存されていました。その一部の頭骨には、ろうが塗られています。
研究を行ったロズリン・キャンベル氏によると、それ以来、骨そのものをきちんと見直した人は長いあいだいなかったといいます。
そこで氏は、この100年で大きく進んだ法医学の知識を使い、46個の頭骨から年齢や性別、そして死に方の手がかりを探りました。
46個の頭骨に残っていた「ある傷」

調べた結果、46人のうち18人、つまり約39%の頭骨に「線状骨折」と呼ばれる骨折の跡が見つかりました。
キャンベル氏によると、線状骨折は、比較的大きな物が頭にぶつかったり頭が物にぶつかったりしたときに、力そのものはそれほど強くなくても生じる骨折です。
頭の骨は丸い形をしているため、打撃の衝撃が頭全体に広がるのです。
その場ですぐ死ぬとは限りませんが、頭の中に傷や出血を起こしやすく、手術をしなければ、たちまち意識を失って死に至ることもあります。
つまりこの18人は、頭を打たれて命を落とした可能性が高く、王のための生贄だったと考えられるのです。
では、なぜピートリーはこの傷を生贄の証拠と見なさなかったのでしょうか。
実はピートリーはこれらの傷を目にしていた可能性が高く、埋葬された後についた損傷だと読み違えていたとみられます。
キャンベル氏は「彼は注意深い観察者だったので、見逃したとは思わない。ただ、自分が何を見ているのか分からなかったのだ」と話しています。
傷がいつついたのかを見分ける方法がはっきりしてきたのは、ここ数十年のことなのです。
凶器は何だったのか? 傷が残した新たな謎

使われた道具を特定するのは難しいものの、平たくて比較的軽い、石ではなく木のような物だった可能性が高いといいます。
また一部の頭骨には刃物による傷もあり、1人には片方の目のあたりを叩き切られたような跡が残っていました。
研究に関わっていないオランダ・フローニンゲン大学のエジプト学者ヤコブス・ファン・ダイク氏は、今回の研究を歓迎しつつ、その殺し方には驚いたと述べています。
当時の木の札に描かれた儀式の殺害は、ひざまずいて後ろ手に縛られた人が、胸をナイフで刺される姿に見えるからです。
王が敵を棍棒(こんぼう)で倒す絵も残っていますが、棍棒では今回のような傷はできないため、どう殺されたのかはまだはっきりしていません。
一方で、頭骨に目立った傷のない人々が、自然に亡くなったのか、窒息や絞殺、毒など骨に跡が残らない方法で殺されたのかも分かっていません。
しかも、残っている頭骨は、それぞれの墓域に葬られた人の5〜15%ほどにすぎず、全体をどこまで代表しているかは言い切れません。体の骨はまとめて埋め戻されたため、見つかったとしても、どの頭骨のものかを確かめるのはきわめて難しいといいます。
頭骨に厚く塗られたろうが、骨の特徴の一部を覆い隠している点も課題です。
キャンベル氏は、この種の従者の生贄は第1王朝の終わりとともに途絶えたようで、続いたのはおよそ200年かそれより短かったとみています。
考古学者たちは、王があの世での働き手を確保すると同時に、自らの権力の大きさを見せつける狙いもあったのではないかと考えています。
似た例として、現在のイラクにある古代都市ウルの王墓でも、穏やかに毒を飲んだと考えられていた従者2人の頭骨から、のちに強い打撃の跡が見つかっています。
論文は、ピートリーの最初の見立ては正しかった可能性がある一方で、王の葬儀の儀式は思っていたより複雑で多様だったとみられる、とまとめています。
100年前に答えが出なかったのは、骨に証拠が無かったからではなく、それを読み解く知識がまだ無かったからなのかもしれません。
上司に「どこまでもついていきます」と言うときは、念のため「この世にいるあいだは」と付け足しておくのが無難そうです。






















可哀想w