食べ物を採る素潜りは、長距離走と同じ力で支えられている

潜る力が走る力の土台になったと、なぜ言えるのか?
2人が突き合わせたのは、素潜りの達人たちの観察や、化石、遺伝子、ほかの哺乳類についてのこれまでの研究です。
最初の手がかりは、食べ物を採るための潜り方が、記録を狙う潜り方とはまるで違うことにあります。
記録を狙う選手は、限界まで息を止めたあと、長い時間をかけて息を整えなければなりません。
食べ物を採る人にとって、それでは仕事になりません。
そこで海女やバジャウの人々は、短く潜っては短く息をつぐことを、何時間も同じペースで繰り返します。
ある海女の潜りを記録した調査では、2時間で50回も潜り、作業時間のほぼ半分を水中で過ごしていました。
バジャウの人々の場合、水深5〜7メートルなら約30秒潜って約20秒休むことを繰り返し、時間の60%を水中で過ごします。
長い日には9時間も水に入り、水の中で食べ物を探せる時間は最大5時間にもなります。
この潜り方のこつは、体にためた酸素で無理なく動けるうちに、水面へ戻ることです。
それを超えて潜ると、息を整えるのに時間がかかり、水面で長く休まなければならなくなるからです。
しかも、息ができるのが半分の時間しかないなら、その間はふだんの倍の勢いで空気を吸わなければなりません。
酸素をたっぷり取り込んで全身へ運び、ばてないペースを守り続ける力は、長い距離を走るときに求められるものとそのまま重なります。
水面で酸素を補う一方、潜っている間は、ためた酸素を節約するしくみも働きます。
息を止めて潜ると心拍がゆっくりになり(潜水反射)、赤血球をためておく臓器(脾臓)が縮んで、酸素の運び手を血液へ送り出すのです。
人間の潜水反射は、カワウソやビーバー並みの強さです。
潜る深さや水中にいる時間の割合で哺乳類を分けても、人間は「浅く潜る動物」の仲間にきれいに収まります。
素潜りで食べ物を採る人々は、ふだん20メートルほどまでの浅い水に潜り、作業時間のおよそ半分かそれ以上を水中で過ごすからです。
この才能は、潜りを暮らしにしてきた人々だけのものでもないようです。
たとえばイギリスのサラ・キャンベル氏は、わずか9か月の訓練で水深90メートルまで潜る世界記録を打ち立て、素潜りの世界チャンピオンにもなりました。
バジャウの人々では、潜水反射に関わる遺伝子(BDKRB2)と、脾臓を大きくする遺伝子(PDE10A)に、自然選択を受けた跡が見つかっています。
ところが、その有利な型は、バジャウ以外の世界中の人々にも広く見られます。
ヨールデンス氏らは、この型が、ホモ・サピエンスが現れて世界へ広がるより前から存在していたと見ています。
潜りの才能がどの大陸の人からも見つかることを、研究者たちは、潜る力のルーツがとても古いことの表れだと考えています。
そのルーツが本当に古いなら、祖先の体にも潜っていた跡が残っているのでしょうか?




