人類の祖先は水辺で何を食べ、なぜそこへ向かったのか

祖先が本当に水に入っていたなら、その暮らしの跡はどこに残っているのか?
手がかりは、化石と一緒に見つかる食べかすと、祖先の耳の骨にあります。
ケニア北部のトゥルカナ盆地では、約195万年前の魚やワニ、カメの骨に、解体したときの傷が見つかっています。
この年代は、ちょうどその地域にホモ・エレクトスが現れた時期と重なります。
インドネシアのジャワ島では約50万年前に淡水の二枚貝が、中東のレバント地方では約78万年前に火を通した魚が、人類の食べ物になっていました。
ただ、浅瀬を歩いて採ったのか、潜って採ったのかは、骨や殻からはわかりません。
潜っていたことをより強くうかがわせるのは、大きな石の斧を作っていたアシュール文化の人類が、水深1.5〜3メートルの水底に沈む水草の実を集めていたとする研究です。
時代は下りますが、ネアンデルタール人は地中海で、浅い海の底の二枚貝を潜って採っていました。
体の側にも跡があります。
サーファーやダイバーによく見られる耳の穴の骨のこぶ(外耳道外骨腫)は、冷たい水に繰り返しさらされるとできやすくなります。
このこぶが、ネアンデルタール人や、約40万年前のシマ・デ・ロス・ウエソスの人類、中国・周口店のホモ・エレクトスの化石で見つかっているのです。
サーフィンもヨットもしなかった彼らは、泳いだり潜ったりして、日常的に水に入っていたのかもしれません。
人類を水辺へ向かわせたものとして、ヨールデンス氏らは、そこにある豊かな食べ物と、陸の環境の変化を挙げています。
浅い水に潜れば、陸で獲物を追うよりずっと楽に食べ物が手に入るといいます。
南太平洋のトンガでは、人々が海の無脊椎動物と海藻を230種類以上も呼び分けて採っているほどです。
しかも水辺の食べ物には、タンパク質や脂肪、炭水化物に加えて、脳の発達に必要な脂肪酸(長鎖多価不飽和脂肪酸)や微量栄養素がたっぷり含まれています。
とくにこの脂肪酸は、陸の食べ物からはなかなかとれません。

そして約280万年前、東アフリカの環境が大きく揺らぎます。
かつて高さが最大で7000メートルほどあったとされるケニア山が噴火して崩れ、大きな地殻変動も重なって、多くの地域が乾いていきました。
陸の食べ物が乏しくなり、人類が豊かな水辺へ押し出された可能性があるのです。
陸の食べ物が乏しくなったり、水辺に食べ物が豊富にあったりすると、水辺で食事をするようになる哺乳類はほかにもいます。
アラスカのヒグマ、ナミビアの海岸の砂漠に暮らすライオン、カナダの海岸のオオカミ、そして日本アルプスのニホンザルもそうです。
一方、陸の側には、持久狩り説にとって都合の悪い空白があります。
獲物を走って追う狩りが約200万年前に広まったのなら、陸の哺乳類を解体した跡は、その後に増えていくはずです。
ところが、遺跡を調べた量の違いを差し引いて比べると、ホモ・エレクトスが化石に現れたあとも、そうした跡が増え続けた様子は見られませんでした。
もちろん、新説には反論もあります。
ハーバード大学のダニエル・リーバーマン氏は、潜っている間は心拍が下がり、走るときは逆に上がるので、潜るために心肺の力を高める必要はないと指摘しています。
重い骨は重労働で体を酷使した結果かもしれないといいます。
鼻についても、前向きの鼻のまま潜る哺乳類は多く、空気を湿らせる役目のほうが大事だったろうと見ています。
そもそも、潜るのに向いた特徴が走るのに向いた特徴より先に現れたことは、化石の年代順ではまだ示されていません。
ヨールデンス氏ら自身も、どちらが先かを決めるには、分野をまたいだ長年の研究が必要だと認めています。
それでもこの新説が、走るには重すぎる骨や、潜る動物と同じ遺伝子の変化について、陸だけを舞台にした説明とは別の筋道を示したことは確かです。
コネチカット大学の古人類学者クリスチャン・トライオン氏も、この論文は少なくとも、人々が考え、調べ始めるきっかけになると評しています。
マラソンを走り切るあの持久力の出発点は、アフリカの水辺にあったのかもしれません。





歴史のどこかで、現代の人類の共通祖先が、アフリカのスッドや南米のパンタナルなどの泥の多い湿地やマングローブ林に適応したというよりは
泥の少ない浅瀬に適応していた名残りかもしれないというのは、証拠はないけど昔から言われてるね。水中で鼻孔を閉鎖して息を止める機構も大多数の哺乳類は持っていないから可能性は高いと思うけど、証拠になる化石はまだ見つかってないね
人類の水辺進化仮説はなぜか否定されてきたけど、また復活するのでしょうか?海女の文化や貝塚の遺跡のある日本人としては違和感のない仮説。水辺にも乾燥した草原にも適応出来たから、初期人類は生息域を広げられたのでしょう。