■冷たさを感知するタンパク質「TRPM8」がメントールなどの物質と結びついた時に形成する構造が特定された
■メントールなどの物質と細胞膜中のリン脂質「PIP2」がTRPM8の構造の変化を共同で制御し、脳に信号を送る
■TRPM8のチャネルを閉じる技術が開発されれば、冷たさで痛みを感じる「冷感アロディニア」の治療に役立つ
私たち人間は、物質の冷たさや、メントールなどの物質が引き起こす冷感を敏感に感知できます。しかしヒトが冷たさを感じる仕組みの全貌は、これまで明らかになっていませんでした。
デューク大学医科大学院で生化学を研究するソクヤン・リー氏らが1年ほど前に行った研究で、ヒトやその他の動物が持つ冷たさを感知するタンパク質「TRPM8」の構造が明らかになりました。リー氏らがこのチャネルの機能をさらに詳しく調べたところ、TRPM8がメントールやイシリンと呼ばれる超冷感誘起物質と結びついた時に形成する構造が特定されました。論文は、雑誌「Science」に掲載されています。
http://science.sciencemag.org/content/early/2019/02/06/science.aav9334.abstract
調査には、クライオ電子顕微鏡法(クライオEM)と呼ばれる最新技術が用いられました。細胞から取り出したTRPM8を純化・急速冷凍し、分子構造解析電子顕微鏡「Titan Krios」の中に入れて凍ったTRPM8に含まれる電子を跳ね返らせます。クライオEMは、100万通り以上のさまざまな方向を向いたTRPM8分子の画像を撮影し、それらをもとにTRPM8の高解像度立体視画像を作成しました。
問題は、構造を視覚化するのに十分な安定性を持つTRPM8を見つけることでしたが、リー氏らは、シロエリヒタキという鳥のTRPM8が安定しており、ヒトのTRPM8に類似していることを発見。実験室でシロエリヒタキのTRPM8を生成・分離し、メントール、イシリン、PIP2のいずれかと混合しました。PIP2とは、細胞膜中に存在するリン脂質のことで、TRPM8がメントールやイシリンを知覚するために不可欠なことが分かっています。
その結果、TRPM8がメントールやイシリンと結びつく箇所が、PIP2と結びつく場所と隣接していることが判明。つまり、これらの物質とPIP2がTRPM8の構造の変化を共同で制御し、脳に電子信号を送ることで冷感を引き起こす可能性が明らかになったのです。
TRPM8の働きを理解することは、メントール入りの塗布剤を含む鎮痛薬や、慢性疼痛・偏頭痛の新しい治療法の開発に役立ちます。また、通常、TRPM8は活性化することで痛みが軽減されますが、逆にその働きを阻害したい場合もあります。
たとえば、「冷感アロディニア」は、皮膚に数滴の冷水が触れただけで痛みが誘発される過敏症の一種。「アロディニア」とは「他の力」という意味で、通常は痛みを引き起こさない刺激によって痛みが引き起こされることを指します。TRPM8のチャネルを閉じる技術が開発されれば、冷たさに対する感受性が強すぎることで苦しむ人々にとって希望の光となるでしょう。
普段何気なく口にしているメントール入りガムなどの食品。次に食べる時は、ぜひTRPM8のチャネルが開かれ、脳に電子信号が伝わるところを想像してみると面白いかもしれませんね。