Point
■中世ヨーロッパでは、家族の重大ニュースを蜂に話して伝える「Telling the bees」という習慣があった
■この習慣は古代ケルト神話に端を発し、蜂が人間界と霊界をつなぐメッセンジャーとされていた
■家族の葬儀の際は蜂の巣箱に喪章のついた黒布をかぶせ、それを忘れると蜂に異変が起きたという
中世ヨーロッパでは、蜂を飼う家に伝わる不思議な伝統があった。
それは「家族の重大ニュースを蜂に話して伝える」というものだ。
一見奇妙に聞こえるが、別に彼らは心が病んでいるわけではない。
この習慣は「Telling the bees(=蜂にお知らせ)」と呼ばれるもので、当時のイングランド全域およびヨーロッパの各地に広く浸透していたのだ。
例えば、家族の死や結婚、出産など大きな出来事は必ず巣箱の蜂に伝えていたという。なんとこれを忘れてしまうと、蜂が弱って蜂蜜を作らなくなったり、巣箱から逃げ出したり、果ては死ぬこともあったそうだ。
蜂は霊界からのメッセンジャー
人間と蜂は特別な関係を築き上げてきた長い歴史がある。
特に中世ヨーロッパでは、蜂は蜂蜜や蝋を作ってくれる貴重な存在だった。蜂蜜は食料やハチミツ酒(世界でも最も古い発酵酒の一つ)として親しまれていたし、日焼けの薬や咳、消化不良などの医療薬品としても活用されてきた。
また蜂の蜜蝋から作られたキャンドルは、他のものより明るく輝き、長時間点灯を可能にしたという。
そのため蜂の巣箱は修道院や領主邸の中に設置され、多大なる尊敬と愛情を持って管理されていた。よって蜂の前で喧嘩を始めるなど、無礼極まりないことだったのだ。
そしてこの「Telling the bees」の起源は、古代ケルト神話だといわれている。
神話の中で蜂は、人間界と精霊界を結びつける存在とされていた。そのため亡くなった家族に何か思いを伝えたいときは、蜂がメッセンジャーとして言葉を伝えてくれると信じられていたのだ。
この習慣にはいくつかのルールがあり、蜂に話をする役目は一家の首長に任されていた。首長は蜂の巣箱に出向くと、優しく静かにノックして、家族の不幸事や祝い事を囁くように話す。
家族が死亡した場合は、養蜂係が巣箱に喪章のついた黒布をかぶせる決まりがある。また結婚式の場合は巣箱を飾り立てて、ウェディングケーキを蜂も食べれるように巣箱の前に置いた。
ではルールを破るとどうなるのだろうか?
信じがたい話だが、こうしたルールを怠ると蜂に異変が起こってしまうという。
ヴィクトリア時代の生物学者マーガレット・ワーナー・モーリーは、自身の著書『The Honey-Makers (1899)』の中に実例を記している。
それによると、当時ノーフォークに住んでいた蜂の巣箱の持ち主が死んだとき、周りの者が喪に服する習慣を忘れてしまった。すると突然、巣箱の中の蜂が弱り始めたのだ。
それに気づいた新しい持ち主が喪章の黒布をかぶせると、たちまち蜂は元気な状態に戻ったという。
こうした習慣はその後世界各地にも広がり、遠く北アメリカにも伝わったそうだ。