Point
■最小質量のブラックホールと最大質量の中性子星の間には、大きな質量のギャップが存在している
■新しい研究は、天体観測データから見えない天体の周りを回っているように見える恒星を探し出し調査した
■この結果、太陽の3.3倍というこれまで確認されていなかった最小質量のブラックホールが存在する可能性が確認された
ブラックホールと言えば、何でも吸い込む巨大な重力おばけというイメージがあります。
天文学者も巨大なブラックホールの発見には情熱を持っていて、最新の研究では、実に太陽の400億倍の質量を持つブラックホールを発見したという報告も行われています。
しかし、私たちはブラックホールの巨大さばかり気を取られて、重要なことを見落としていたかもしれません。
実は恒星が中性子星になる場合と、ブラックホールになる場合の条件はまだ厳密に明らかにはなっておらず、発見されている中性子星とブラックホールの質量にも大きなギャップが存在しています。
この事実は、これまでのブラックホールの人口調査に大きな漏れがあった可能性を示唆するものです。
新たに発表された研究では、新しいブラックホールの捜索方法を提案していて、その手法により宇宙で知られている最小サイズのブラックホールを発見した可能性があることを報告しています。
この研究はオハイオ州立大学の研究者チームより発表され、科学誌『Sience』に11月1日付けで掲載されています。
https://science.sciencemag.org/content/366/6465/637
最小ブラックホール
もはや天文学好きにとっては耳タコな話ですが、太陽よりもずっと重い恒星は死後、中性子星かブラックホールになります。
このとき星は超新星爆発によって構成物質のほとんどを吹き飛ばし元より軽い天体になります。現在発見されている中性子星では、太陽質量の2.1倍程度より重いものは見つかっていません。
これまで発見されたブラックホールの最小質量は太陽質量の5倍程度までです。(2008年に太陽質量の3.8倍となる最小ブラックホールが発見されたという報告もありましたが、これは後に撤回されました)
この2つの天体の最小、最大質量にはかなり大きなギャップが存在しています。これはブラックホールが一体どれくらい小さい質量であっても存在可能なのかという問題ともつながってきます。
天文学者の予想では、中性子星が太陽質量の2.5倍以上になった場合、ブラックホールに崩壊するだろうと考えられています。
そうなると私たちは非常に多くのブラックホールを見落としていることになるのです。
「これは例えるならば、ある都市で身長175cm以下の人は人口として数えていないようなものです。そんな不完全な人口データは、調査として意味がないと言えるでしょう」研究チームの1人であるThompson氏はそのように語っています。
天文学者たちは長らく、放射線であれ物質であれ脱出できないような強い引力を持つブラックホールを探してきました。しかし、そうした明確な痕跡を残さない小さなブラックホールが存在するかもしれないのです。
そんなブラックホールを探すための手がかりの1つが連星です。多くのブラックホールや中性子星は連星から発見されています。
連星は十分に接近した距離で2つの恒星が互いの重力によって軌道を拘束されている状態です。もし片方の星が死に、それが小さなブラックホールになった場合、残った恒星は見えない何かに引かれるようにしてその周りの軌道を回ることになるでしょう。
研究チームは天の川銀河の広域調査を行うAPOGEE (Apache Point Observatory Galactic Evolution Experiment; アパッチポイント天文台銀河進化観測実験)のデータから、天の川の約10万にも及ぶ星のスペクトルを精査しました。
そしてこれらの恒星の中から、別の天体を周回している可能性のある星を絞り込んだのです。星が周回移動を行っている場合、その星のスペクトルは光のドップラー効果により赤方偏移や青方偏移を起こします。(赤方偏移や光のドップラー効果についてはこちらで解説しています)
その結果、研究チームは巨大な赤い星が何かの軌道を周回しているように見えるデータを発見したのです。その”何か”は計算の結果、太陽の約3.3倍の質量のをもった天体であることがわかりました。これは知られている中性子星よりはるかに重く、既知のブラックホールよりずっと小さいものです。
この質量で恒星の軌道を拘束する存在は、低質量のブラックホールと考えるほかありません。
この新しい観測データの調査方法は、未発見の低質量ブラックホールの最初の1つを発見した可能性が高いのです。これは星の進化の過程や、ブラックホールや中性子星の謎に迫る重要な手がかりであり、また天の川銀河に一体どれだけの未発見のブラックホールが潜んでいるかを調査するための最初の一歩になるかもしれません。
しかし、この新しいブラックホール探索方法は、10万の星から200個の連星を絞り、さらにそれら連星の画像を大学院生が数1000枚近く集めて解析されたというから、途方もない作業です。
天文学や天体観測は星を眺めるロマンチックなお仕事ではなく、膨大なデータ処理のお仕事なのです。