新しいシナリオ
スペクトルの形成理論による解析の結果、未知のスペクトルは中性鉄であることがわかりました。
中性鉄とは電荷を帯びていない電気的に中性な鉄のことです。通常、超新星爆発では鉄はイオン化されてしまうため、中性鉄は発見できません。
このスペクトルを説明するためには、通常の超新星爆発の100倍以上という高密度の環境で、太陽質量の0.3倍以上の鉄が放出されたと考えなければなりませんでした。
この量の鉄の放出は、従来考えられていた大質量の星が重力崩壊を起こす、Ⅱ型超新星では説明できません。この爆発では鉄の放射はほぼない(太陽質量の0.1倍以下)ためです。
この痕跡は、ここで起きた超新星がⅠa型超新星(白色矮星が核暴走爆発)だったことを示していました。
高密度環境の原因は、爆発による物質の放射が非常に低速であったというデータから説明がつきます。速度が遅くなれば、多くの物質が狭い空間に溜まっていくことになるため、高密度の状態が生まれます。
スペクトルの幅から予想された通常の15%程度の放出速度は、密度が300倍まで圧縮されたことを示しています。
これらの証拠から、研究者たちは超高輝度超新星が、大質量星の超新星爆発ではなく、小質量の星(太陽質量程度)が超新星爆発を起こし、放出された物質が大量の星周物質(星を取り囲むガスなど)に衝突したのだと考えました。
これは「SN2006gy」の超新星に見られた光度進化(明るさの変化)と一致しており、後期スペクトルの理由も説明出るモデルです。
このことから考えられる「SN2006gy」の正体は、太陽系サイズの水素が豊富な赤色超巨星の周りを地球程度の白色矮星が回っている連星であったというものです。
赤色巨星は恒星の晩年の姿です。このとき星は内部の核融合を終えて外層で水素の核融合を起こして大きく膨れ上がります。
渦を巻くようにこの赤色巨星と軌道を描いていた白色矮星は、膨張した赤色巨星に飲み込まれてしまいます。このとき白色矮星と巨星は共通外層という現象を起こします。
この現象によって白色矮星がどうなるかは、よくわかっていません。しかし、今回の研究は、最後的に白色矮星が巨星の核と合体し、Ia型超新星爆発を起こすというシナリオを提唱しました。
そこで起きた爆発は、赤色巨星の内部なので、非常に低速で物質を放出させることになります。
そして、赤色巨星の外層にぶつかり激しい輝きを放つのです。あとに残されたのは大量の中性鉄でした。
このシナリオは、今後、Ia型超新星爆発の進化経路や、まだ未知の部分が多い共通外層といった物理現象を解明していく鍵になると期待されています。
今回の研究は、数々の観測データを元に、まったく未知の現象をまるで探偵のように明らかにしていく天文学者たちの手腕をよく伝えてくれているものです。
遥か遠い宇宙で起きた出来事を地球から明らかにしていく。ミス・マープルも真っ青なすごい推理力です。