1925年に、英・メードストン博物館に寄贈された1体の小さなミイラ。
容器となる棺に、タカの彫刻や鳥の頭を持つ天空神・ホルスの目が描かれている点から、長年の間、「タカのミイラ」が保存されていると考えられてきました。
ところが、2016年に行われた初のCTスキャンにより、保存されたミイラはタカではなく、「人間の胎児」だったことが判明したのです。
しかも、胎児は、奇病により生まれる前に死産していたことも明らかにされています。
脳が作られない「無脳症」にかかっていた
このミイラは、約2100年前のプトレマイオス朝エジプト(BC305年〜BC30年)の時代に当たるものです。
当時は動物のミイラ化も一般的で、ネコやワニ、鳥、スカラベまで、あらゆる生物がミイラとして保存されてきました。
そのため、このミイラもサイズ的に動物と思われ、特別注目されてはこなかったのです。
ところが、2016年になって事態は急転。
初のCTスキャンにより、胸の前で組まれた人のものらしき腕が見つかったのです。
このことからタカではないことが明確になりましたが、それでも詳しい正体までは分かりませんでした。
その後、2018年になって、カナダ・ウェスタンオンタリオ大学の研究チームが、超高解像度のマイクロCTスキャンを行って、人間の男児と判明したのです。
また、この男児は、頭部が完全に形成されておらず、脳がない「無脳症」を患っていました。
研究主任のアンドリュー・ネルソン氏は「骨格は出来上がっているものの、成長過程で作られるはずの椎弓(ついきゅう、脊椎の一部)がなく、頭蓋骨が発達していなかった」と説明します。
ちなみに男児は、妊娠22〜28週の間に亡くなったとのことです。
胎児のミイラはこれまで8体見つかっていますが、無脳症が見つかったのはこれが2体目でした。
古代エジプトでは、胎児をミイラ化することは珍しく、大半が家の床下にある壺に埋葬されていました。
そうした社会背景を考えると、家族が、亡くなった胎児に特別な愛情を抱いていたことが伺えます。
また、胎児のミイラから、母親が妊娠期間中に、ビタミンBの一種である「葉酸」を十分に摂取していなかったことが示唆されています。
葉酸は、ほうれん草やアスパラガス、ワカメなどに含まれており、妊娠中の重要な栄養素です。これが欠如することで、胎児の骨の発達に異変が起きる可能性が指摘されています。
古代エジプトは、葉酸をあまり摂取できない食生活だったのかもしれません。
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