加齢によって減少していく筋肉の謎

スポーツ観戦が好きな人にとってショックなのは、活躍していたアスリートたちが肉体の限界を感じて引退を表明したときでしょう。
もちろん、これは他人事ではなく、明日は我が身の人間ならば誰にでも降りかかる運命の1つです。
なぜ、人は歳を取るほど筋肉が減少してしまうのでしょう?
この問題は、高齢者に起こるさまざまな障害の主な原因にもなっています。
米国の生物医学系の私立研究機関ソーク研究所のチームは、この原因となるメカニズムや高齢者の筋肉を再生する方法を見つけ出すべく、幹細胞研究で一般的に使用される分子化合物の組み合わせを使用して、研究を続けていました。
そして、ある化合物に用いて、筋原性前駆細胞を活性化させて、マウスの筋肉細胞の再生を促進させることに成功したのです。
「これらの前駆細胞の喪失は、加齢に伴う筋肉の変性に関係しています。
今回の研究では、筋肉の再生促進することができる特定因子を明らかにするとともに、そのメカニズムも明らかにしました」
研究チームの1人、ソーク研究所のファン・カルロス・イスピスア・ベルモンテ(Juan Carlos Izpisua Belmonte)教授は、そのように述べています。
その今回使用された化合物というのが、「山中因子」と呼ばれるタンパク質(遺伝子)です。
山中因子とは、DNAがコピーされて他のタンパク質に翻訳される過程を制御するタンパク質(転写因子)で、皮膚細胞などを人工多能性幹細胞(iPS細胞)に変えるための鍵となったものです。
「山中」「iPS細胞」という単語で、ピンときている人も多いでしょうが、この因子の発見者はiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授であり、その名前をとって命名されています。
今回の研究チームは、以前にこの山中因子で細胞を若返らせ、生きた動物の組織再生を促進できることを発見していました。
ただ、そのメカニズムはよく分かっていませんでした。
筋肉の再生は、サテライト細胞と呼ばれる筋幹細胞によって行われています。
サテライト細胞は、結合組織層(基底膜)と筋繊維の間のニッチ(微小環境)に存在しています。
今回の研究では、2種類のマウスを用いて、山中因子の添加による筋幹細胞ニッチの特異的な変化を明らかにしたのだといいます。

山中因子を添加すると、このニッチでWnt4と呼ばれるタンパク質のレベルが低下し、サテライト細胞が活性化してマウスの筋肉再生を促進させました。
このWnt4というものが、筋肉再生においては重要な役割を果てしていることが研究から示唆されたのです。
現在チームが行っている最新の研究では、このWnt4をターゲットにして、骨格筋のWnt4レベルを直接低下させるか、Wnt4と筋幹細胞との接続を遮断する方法を調査しています。
現在はまだマウスを使った実験に限られていて、人間に適用する段階ではありません。
しかし、マウス実験では筋肉の再生に成功していて、この研究が成果をあげていけば細胞や組織を遺伝子操作によって若返らせることができるようになるかもしれません。
最終的には、組織や臓器の再生を促進する新しいアプローチにつながる可能性もあると研究者は語っています。