ハエトリグモは生物の動きが目でわかる
考えてみれば、動物たちが、動くものと動かないもの、生物と非生物を見分けるのは当然のことです。
獲物を追いかけたり、天敵から逃げるには、その能力が欠かせません。
その一方で、無脊椎動物にそれと同じ能力があるかは不明でした。
そこで研究チームは、無脊椎動物の中でも優れた視力を持つ「ハエトリグモ」を実験対象としました。
ハエトリグモには、他のクモと同様に目が8つありますが、中央の2個がとくに大きく発達し、その側に2個の副眼がついています。
実験では、北半球に生息するハエトリグモ60匹を集め、ポイントライトテストを行いました。
ポイントライトテストとは、たとえば、人体の主要な関節部に光のドットを貼り付け、その動きのパターンから人間かどうかを識別するものです。
チームは、ハエトリグモのために特別に設計した光源ディスプレイを用意。
そこに、ハエトリグモの関節に対応したドットパターンや、生物の動きとは異なるランダムパターン、他にクモのシルエットや動く楕円を映しました。
対象となるクモは、球状のトレッドミルの上に固定し、ディスプレイに映る各パターンに対して、どのような反応を示すかを観察します。
その結果、ハエトリグモは、生物のドットパターンにはあまり反応せずに画面を見ていましたが、興味深いことに、非生物のランダムパターンには敏感に反応して、体をよく回転させていました。
一見すると、ランダムパターンを生物と認識しているように思われますが、そうではありません。
これには、ハエトリグモの目の仕組みが関係しています。
8つの目の中で最も視力が高いのは、中央に並ぶ2つの主眼で、側にある副眼はそれより視力が劣るものの、ほぼ360度の視界を確保するのに役立っています。
そして、研究主任のマッシモ・デ・アグロ氏は、次のように説明します。
「ハエトリグモが前面に並ぶ4つの目で明確に生物と分かる動きを認識した場合、体を動かす必要はありません。
しかし、生物かどうか怪しい動き(ランダムパターン)を見た場合、副眼ではなく、視力の高い中央の主眼でしっかり確認しようと、体を回転させているのでしょう。
つまり、生物のドットパターンはすぐに理解できるのに対し、ランダムパターンは、生物なのか非生物なのか、まだ判断できていないのです」
このことから、アグロ氏と研究チームは「ハエトリグモには、動きのパターンだけで生物を見分ける視覚能力がある」と結論しました。
今回の成果は、同じ能力が無脊椎動物に広く存在することを示唆しており、チームは今後、昆虫やカタツムリを対象に同様の実験をしたいと考えています。
また、実験に協力してくれた60匹のハエトリグモはすべて無傷で野生に帰されたとのことです。
家に出たハエトリグモも、ちゃんと私たちを人間と理解しているのかもしれません。