自己治癒できる生きた材料
今回研究されているのは人工生体材料(engineered living materials, ELM)と呼ばれる、生物の治癒能力を利用した物質です。
こうした材料が実現されれば、フロントガラスのひび割れ、航空機の胴体の裂け目、道路の凹みなどのダメージを自ら検知して修復するような、メンテンナンスの必要性が少なく、過酷な環境でも長い寿命を保てる建材を生み出すことができます。
研究チームの1人、インペリアル・カレッジ・ロンドンのバイオエンジニアリング学部のトム・エリス教授は次のように述べています。
「これまで私たちは、環境の変化を検知するセンサーを内蔵した生体材料を開発してきました。
今回は、ダメージを検知し、それに対応して自己治癒することができる生体材料を開発しました」
建築物が様々な構造を組み立てるためのモジュール(部品やユニット)から構築されているように、今回の研究は、同じ原理でバクテリアセルロース(BC)をベースとした材料に、モジュールとしての設計を適用しました。
研究チームは、「コマガタエイバクター・レティクス(Komagataeibacter rhaeticus)」というバクテリアを遺伝子操作して、「スフェロイド(spheroids)」と呼ばれる蛍光性の3次元球状の細胞培養物を作りました。
そして、そこに損傷を検知するセンサーを持たせたのです。
スフェロイドはさまざまな形やパターンに配列することが可能で、建材を構築する部品(モジュール)として機能させることができます。
バクテリアセルロース(BC)とは、バクテリアが作る足場のような材料です。
研究チームが、このバクテリアセルロースに穴あけ器で損傷を与え、そこに成長したスフェロイドを挿入し、3日間培養すると、元の外観に復元され構造的にも安定することが示されました。
スフェロイドというモジュール単位で機能する細胞を利用することで、損傷したバクテリアセルロースの外観を保ったまま、構造を修復できたのです。
これは、まさに目指していた自己修復機能を持つ生体材料です。