2021年イグノーベル賞10部門を解説!
輸送賞:サイを空輸するには逆さ吊りがいい
最初に紹介するのは、サイの空輸を行う方法にかかわる研究です。
アフリカに生息するサイは、密猟者による殺害や農地開発による生息地の減少によって個体数が減少し、近親交配が多発する事態に陥っています。
そのためナミビア環境観光省(MET)は、ある地域で捕獲したサイを別の地域に輸送することで、近親交配を避ける試みを続けてきました。
輸送のほとんどはヘリコプターを用いた空輸です。
ナミビアの地形は起伏が多くトラックが使えないからです。
そこで問題になるのが「どんな姿勢でサイを吊るし上げるか」です。
これまでは主に、サイを睡眠薬で眠らせた後、横向きに寝転がせて輸送する手段がとられてきました。
しかし新たな研究によって、むしろ逆さに吊り下げることが「おそらくは」より良いことが示されました。
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医学賞:セックスは点鼻薬と同じ鼻づまり解消効果がある
鼻づまりは嫌な経験です。
そのため多くの人々が噴射式の点鼻薬を用いて、一時的な解決を行っています。
一方で古くから、フロイトらによって、鼻が性器と神経的に繋がっているとする説が知られていました。
そこでドイツの研究者たちは、18組の異性愛者カップルにセックスを行ってもらい、カップルの両方が絶頂を迎えた場合の、鼻づまりレベルを継続的に調査しました。
(※不幸にも絶頂しなかった場合、データは調べられませんでした)
結果、セックス(絶頂)は鼻づまりを最大で3時間改善し、絶頂直後の1時間においては、点鼻薬と同じレベルの鼻づまり解消効果があることが示されました。
また生理学的な仕組みについては、セックスにともなう体の動きとホルモンの分泌パターンの変化が、鼻の気道を開くことにつながったとのこと。
研究者たちは、点鼻薬の副作用を気にする人々にとって、セックスが有用な代替手段であると考えています。
しかし相手がいない場合はどうすればいいのでしょうか?
大丈夫です。
現在研究者たちは、マスターベーションと鼻づまりの関連性を探る研究を計画しており、近い将来、有望な結果が発表されることでしょう。
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Can Sex Improve Nasal Function?—An Exploration of the Link Between Sex and Nasal Function
化学賞:映画の視聴者は映画の内容によって異なる匂いを放出する
科学力に秀でるドイツの進撃は止まりません。
近年、犬は人間の健康状態だけでなく、感情もある程度、匂いで感知しているという報告が増えてきました。
そこでドイツの研究者たちは、映画を見ている人間も、感情を揺さぶられるシーンで特定の匂いを放出すると考え、調査を行いました。
結果、サスペンス(ドキドキ)のシーンとコメディー(笑い)のシーンにおいて、人間は特徴的な匂い(揮発性有機化合物)を放出すると発見。
また同時に化学賞を受賞した別の研究では、映画のシーン応じてて視聴者から発せられる匂いをもとに、視聴者の年齢層を特定する試みが行われました。
結果、イソプレンという物質の濃度変化を測定することで、視聴者が0歳・6歳・12歳の3つのうちどれかなのかを特定可能となりました。
研究者たちは映画に対する視聴者の匂いを分析することで、映画に対する適切な分類が行えるようになると考えているようです。
人間は心と体が一緒であるとはよく言われますが、そこには匂いも加わるようです。
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平和賞:アゴヒゲは打撃から身を守るためのものだった
なぜ男性のアゴにヒゲがあるのか?
単純な疑問こそ、えてして最も難しい問題であったりします。
ですが謎に迫るヒントは、意外にも古い人骨に隠されていました。
研究者たちが古い時代の人骨を分析した結果、下アゴの骨は人間同士の戦闘によって最も多く破壊される部位の1つであることが判明。
医療技術が未発達な時代では、下アゴの骨折は非常に深刻な怪我となります。
そのため研究者たちは、男性のアゴヒゲは、戦闘のために進化したとする仮説を立てました。
問題は、いかにして証明するかです。
科学の進歩のためとはいえ、人体で実験を行うわけにはいきません。
そこで研究者たちは代用品として「羊のスベスベの皮」「羊の毛でモシャモシャな皮」「センサー付きの人工骨」を用意。
人工骨の上にスベスベの皮を張り付けたものと、モシャモシャした皮を張り付けたものを作成し、上からダンベルを落としてダメージを計算しました。
すると毛付きの皮は骨へのダメージが30%も減少していることが判明します。
同様の結果が人間の皮膚とアゴの毛にも言えるならば、アゴヒゲは戦闘を生き抜くために獲得された形質であると考えることができます。
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エコロジー賞:歩道に張り付いているガムに潜む病原菌
歩道や駅のホームに吐き出されて、黒っぽく変色したガムの跡。
そんな誰からも忘れられた存在に対する研究に、イグノーベル賞は光をもたらしました。
スペインの研究者たちは、5カ国から吐き出されて放置されたガムを収集し、中に何が潜んで斬るかを遺伝解析を用いて調査しました。
結果、吐き出されて日が浅いガムには、口腔の常在菌や連鎖球菌といった日和見感染の原因となる多数の病原菌が含まれていると判明。
一方で時間がたつにつれて口腔細菌たちは、周囲の環境にみられる細菌たちに置き換わっていくこともわかりました。
研究者たちは、この変化率は犯罪捜査において大きな手掛かりになると考えています。
吐き捨てられたガムには噛んでいた人間のDNAも多量に含まれているため、含まれる常在菌と周辺環境の細菌の比率を調べることで、事件にかかわる人間の行動を追跡する手段になるからです。
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The wasted chewing gum bacteriome
経済学賞:政治家の肥満率は国の汚職度と相関している
汚職まみれの政治家というと、どんなイラストが思い浮かぶでしょうか?
おそらく多くの人は、細身のスラっとしたインテリ風の風貌よりも、肥満したモンスターのようなキャラを思い浮かべると思います。
イグノーベル賞の経済学賞を受賞した研究は、その印象があながち間違っていないことを示しました。
フランスの研究者は、政治家たちの汚職を「科学的」な方法で予測する方法を探していました。
既存の方法では、特定の国の指導者がどれほど腐敗しているかといった評価やランキングは、評価者の主観にたよっていたからです。
汚職に使われた金額の合計値を比べるだけでは、指導者層の腐敗度合いを比べることはできません。
そこで研究者が目をつけたのは政治家たちの肥満度(BMI)でした。
研究者はAIを用いて顔写真から個人のBMIを予測するソフトを用いて、100人以上の政治家たちを分析し、政治家たちが属する地域の汚職レベルと比較しました。
結果、汚職が盛んな地域ほど、政治家たちのBMIが高いという相関関係を発見します。
政治家本人が太っているからといって、その人物が汚職を行っているわけではありませんが、奇妙な相関関係はいろいろなことを考えさせられます。
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Obesity of politicians and corruption in post-Soviet countries
昆虫学賞:潜水艦に潜むゴキブリを殲滅せよ
本場のノーベル賞では、発見者の科学的な業績が認められるまで数十年以上かかったケースが多数存在します。
そのため受賞者は一般に、高齢者にかたよりがちです。
一方で、イグノーベル賞はこれまで、比較的最近の研究に対して授与される傾向にありました。しかし今回は異なるようです。
2021年のイグノーベル賞・昆虫学賞はなんと、1971年に行われた潜水艦内部のゴキブリ退治の業績に対して贈られたからです。
潜水艦という閉鎖された世界の中において、ゴキブリは最大の敵の1つです。
しかし1971年当時、潜水艦のゴキブリ駆除方法は確立されていませんでした。
そこで当時の研究者たちは、8隻の潜水艦に対してジクロルボスと呼ばれる現代的な殺虫剤をはじめて使用しました。
煙となってジクロルボスは潜水艦内部全体にいき渡り、ゴキブリを殲滅しました。
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A New Method of Cockroach Control on Submarines
生物学賞:10年にわたり猫の鳴き声を分析し続けた研究者
イグノーベル賞・生物学賞は、ネコの鳴き声を10年にわたり研究してきたスウェーデンの研究者に与えられました。
ネコ好きの人ならば、ネコの鳴き声が非常に多彩なことを知っているでしょう。
ネコの鳴き声は「ニャー」という単調なものではなく、状況や欲求にあわせて様々な声音を、多様な音調(イントネーション)、強勢(強さ)、音長(長さ)に変更しています。
しかし近年に至るまで猫の鳴き声の、音響学的な解明はほとんど行われてきませんでした。
そこでスウェーデンのルンド大学の研究者たちは、ネコの鳴き声に対する本格的な分析を行いました。
すると、ネコはベースとなる19種類の鳴き声が存在することが判明。
またネコはこれらベースとなる鳴き声を組み合わせて(例:ゴロゴロとニャンの組み合わせ)気分がいい時は鳴き声の最後を上がり気味に、悪い時は下がり気味に発する傾向も示されました。
このような組み合わせとトーンの変化は、人間の韻律変化に近いものでした。
韻律とは、詩や歌における言語の音楽的性質のことを示す言葉です。
そのため猫との関係が長い人間は鳴き声を聞くだけで、ネコの気持ちを、かなり正しく解釈できるのだと研究者は述べています。
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Melody in Human–Cat Communication (Meowsic): Origins, Past, Present and Future
物理学賞:人混みでも歩行者が衝突せずに歩ける理由
個々は知能を持たないアリや粘菌の細胞が、集団として観察するとまるで知性ある何かに操作されているように、合理的な判断(エサまでの最短経路の設定)を行える事実は、生物学の神秘の1つです。
しかし逆もまた成り立つのかもしれません。
イグノーベル賞・物理学賞において、意思と知性を持っているはずの人間が、集団として観察されたときには、粒子の集まりのような物理法則に則っていることが示されました。
研究者はかねてから、人混みでも歩行者が衝突することなく歩けていることを「不思議」だと思っていました。
そこでオランダにある3つの駅で毎日10万を超える歩行者たちの軌跡を6カ月間にわたり記録し、分析を行いました。
結果、個々の歩行者の動き方が「ランジュバン方程式」の特徴を持っていることを発見します。
ランジュバン方程式とは微粒子のための運動方程式であり、花粉のような微細な粒子の運動(ブラウン運動)を記述するために用いられます。
つまり個々の人間に意思があったとしても、全体としての動きは物理学的な法則を持っていたのです。
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Physics-based modeling and data representation of pairwise interactions among pedestrians
動力学賞:歩行者がときどき衝突する理由
最後に紹介するのは、日本の京都工芸繊維大学の村上久助教と東京大学先端科学研究所センターの西成活裕教授らが受賞した、イグノーベル賞・動力賞になります。
村上氏らは、イグノーベル賞・物理学賞とは異なる視点で人混みを歩く歩行者の動きを分析してきました。
結果、人混みを歩く歩行者は自己組織化パターンを持っていると気付きます。
といっても難しい話ではありません。
自己組織化とは、個々の存在が全体を見渡して判断する能力を持たないにもかかわらず、個々の動きの結果として、巨大な動きが作り出されていくという考えです。
つまり、人混みを歩く個々の歩行者たちが予測しているのは、ほんの数十歩先の未来でしかなく、集団全体のことなど全く考えていないにもかかわらず、個人の予測的な動きが折り重なることで、全体の動きを組織立ったものにしているという考えです。
しかし誰もが経験するように、人混みでは時に衝突が起こります。
そこで村上氏らは、54人の大学生の参加者に、真っ直ぐな廊下を繰り返し歩いてもらい、その様子を記録しました。
さらに、より現実的な状況を反映するために、参加者の一部は「スマホを見ながら歩く」という予測能力を低下させた状態で歩くように求められました。
すると一部の注意散漫な個人の存在が全体の衝突のない流れ(自己組織化)を狂わせ、スマホを見ていない人同士の衝突も発生していることを発見します。
この結果は、人混みで歩行者たちが衝突せずに上手く歩けているのは、個人の回避能力の高さによるものではなく、全体としての協調的なプロセス(自己組織化)のためであることを示します。
かみ砕いて言えば、人混みを歩く歩行者は、上手く「回避している」のではなく巨大な系から「回避させてもらっている」と言えるでしょう。
そしてスマホを見ながら歩くなど異分子のユニットがいる場合、この恩恵が棄損され、前を見て歩いているはずの、全く関係のない2人の衝突を引き起こすことに繋がっていたのです。
この驚くべき研究結果は、私たちが個人の意思決定であると信じているものが、思いもよらない仕組みに支配されていることを示しており、様々な分野に影響を与える可能性があります。
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Mutual anticipation can contribute to self-organization in human crowds