カニは恐竜時代に、すでに陸地に進出していた?
カニ(Brachyura)は、甲殻類の代表的なグループであり、驚くべき形態の多様さ、種の豊富さで知られています。
海や川、洞窟、木の上など、世界中のあらゆる場所に分布しており、水中と陸地に何度も進出できた数少ないグループです。
カニの化石記録は、2億年以上前のジュラ紀初期にまで遡ります。
一方で、海水性の化石ばかりが目立ち、そのほとんどが甲羅や脚のかけらに限定されていました。
しかし、今回発見されたカニは、全身が完璧に保存された貴重な化石です。
研究チームは、新種の学名を「クレタプサラ・アタナタ(Cretapsara athanata)」と命名しています。
属名は、白亜紀(Cretaceous)に生息していたことと、インド神話に登場する水の精・アプサラー(Apsara)に由来。
種小名は、琥珀の中に「時が止まった」かのように保存されていることにちなんで、「不滅」を意味する「athanatos」に由来しています。
チームは、マイクロCTを使って、琥珀中の化石を3次元的に復元しました。
それにより、細かい毛で覆われた触角や口先などの繊細な組織を含む、カニの全身をくまなく観察できました。
甲羅の幅が2ミリ、脚の長さが5ミリであることから、幼生期にあると思われます。
驚くことに、発達したエラの存在も確認することができました。
それゆえ、本種は、水生動物か半水生動物であると推測されます。
しかし、木の皮でできる琥珀に、水辺の生物が保存されることはほぼありません。
研究主任で、ハーバード大学(Harvard University・米)の生物学者、ジャヴィア・ルケ(Javier Luque)氏は「化石を調べれば調べるほど、このカニがいろいろな意味で非常に特別な存在であることが分かってきました」と話します。
生物が水中で呼吸するには、エラが必要です。
カニは恐竜時代から少なくとも12回、単独で海水から汽水(海水と淡水の中間)、淡水、陸地へと進出しました。
その際に、エラ呼吸を陸上生活にも適応させたのでしょう。
現代のカニも陸上でエラ呼吸を使っており、体内に水をため込み、その水に溶けた酸素をエラ呼吸で取り込みます。
陸上で泡を吹くのは、体内の水を空気に触れさせて酸素を吸収するためです。
吹いた泡は、ちゃんと体内に戻しています。
不思議なのは、クレタプサラ・アタナタが陸地でのエラ呼吸を行なっていたと思われる点です。
化石記録によると、非海洋性のカニは5000万年前に進化したとされていますが、クレタプサラ・アタナタは、その2倍の年齢に達します。
つまり、1億年前にはすでに、現代種につながる陸地への適応進化がカニの中で起こっていたと考えられるのです。
ルケ氏は、次のように述べています。
「実際、カニが陸地や淡水域に侵入したのは、哺乳類の時代ではなく、恐竜の時代であったのかもしれません。
今回発見されたカニは、その化石記録のギャップを埋め、非海洋性のカニの進化を大幅に更新する存在となるでしょう」